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[803] Wii miss you 06 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2010/02/26(Fri) 09:24  

でも、大丈夫。
 ありえない未来の思い出ちゃんのヒマワリが根を張って、この場所をふわふわオムレツみたいな柔らかいクッションのようにしておいてくれたから……


   第四章   Wii miss you


epigraph
 とつぜん、ぼくは、砂がそんなふうに、ふしぎに光るわけがわかっておどろきました。ほんの子どもだったころ、ぼくは、ある古い家に住んでいたのですが、その家には、なにか宝が埋められているという、いいつたえがありました。もちろん、だれもまだ、その宝を発見したこともありませんし、それをさがそうとした人もないようです。
でも、家じゅうが、その宝で、美しい魔法にかかっているようでした。
ぼくの家は、そのおくに、一つの秘密をかくしていたのです……
 「そうだよ、家でも星でも砂漠でも、その美しいところは、目に見えないのさ」と、ぼくは王子様にいいました。
   サン=テグジュペリ『星の王子さま』内藤濯訳



 前章はあくまでも、ぼくの偽りです。作り話なのです。
 「銀(しらがね)のように美しく光り輝く嘘をつく(注18)」ことには、いたりませんが、でも「とっても素敵な偽り」だと思いませんか?
 時間も空間も越えて、糸井さんは第三のマジカントへ行きました。それは『ゴーストバスターズ』で、ドン・キホーテの姪が時間も空間も越えて、抱きしめてキスする相手に出会うようなものです。『MOTHER3』と『ゴーストバスターズ』は擬似合同するのです。
 ぼくは『MOTHER3』が、"あり得ない「未来の思い出」"のままでも、それはそれで十分に美しかったと思います。ですが、待ち望んでいた「そのとき」が訪れました。"あり得ない「未来の思い出」"は"実現された「現在の思い出」"になりました。しかし、それによって、まるで「針」を抜かれることによってマジプシーが消えるように、マリアも消えたのです。
 でも、彼女は“お気に入りのbaseball cap”“かかとつぶれたsneaker”“擦りへったguitar pick”のような、ドアノブを残しました。
 ドアノブは、はじまりのマジプシーである、マリーのかたみなのです。
 「ひげそりとくちべに」ではなく、ドアノブなのです。
 ぼくたちは、これで開けられぬドアを開くことができます。
 ありえない未来の思い出ちゃんが遺したこのドアノブを、ぼくたちは彼女に返すことは、もう、できません。彼女は待ちわびた「そのとき」を迎えて、消えてしまったのですから。これは、中沢贈与論でいうところの、いつかは交換となってしまう贈与ではなく、紛れもない贈与です。つまり、純粋贈与です。
 ドアノブという、思い出の結晶を、純粋に贈与されたのです(もしかしたら、純粋贈与が行われたことを「愛」と呼ぶのかもしれません)。
 これで、「思い出が純粋贈与された」ことを、証明できました。
 だから、『MOTHER3』は、名作なのです。
 ぼくは結論付けます。
 「ゲームソフトとは、ゲームクリエーターが、ゲームユーザーに贈る、思い出である」

    ☆ 「Wii miss you 07」に続く

 ○来週は「ただ単にナマケタイ」ので、お休みします


[802] Wii miss you 07 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2010/02/12(Fri) 09:35  

 糸井さんから、ありえない未来の思い出ちゃんへ。
 ありえない未来の思い出ちゃんから、全ての『MOTHER3』ユーザーへ。
 ドアノブは受け継がれているのです。
 遡れば、ドアノブは宮本さんから糸井さんに、渡されました。
 でも、宮本さんは、いったい誰からドアノブを渡されたのでしょう?
 ぼくは、きっと、こうだと思います。
 「あなたですね。宮本さんに、ドアノブを渡してくれたのは?」
 と、ぼくは天国に問いかけます。
 「ぼくたちはあなたを恋しく思っています(We miss you)」
 その証拠にファミコンの光線銃の受光の仕組みは、Wiiリモコンになっています。DSのダブルスクリーンは、ゲーム&ウォッチのマルチスクリーンです。Wii Vitality Sensorはまるでラブテスターのようです。あなたから純粋贈与された「魂」を受け継ぐ人たちがいます。
 「これからも、ヒナワさんのように、彼らを見守っていてください」
 
 最後にお二人に、感謝を言わせてください。
 宮本さん、ありがとう。
 天国のあなたにも、ありがとう。
 思い出の純粋贈与を、ありがとう。
 そして、ありえない未来の思い出ちゃん、ゴメンネ。
 ぼくたちはきみを恋しく思っています(Wii miss you)。



   注釈   (ここからいつのも常体文法で一人称も元に戻る)
■注1 『エイトメロディーズ』は合唱曲。それも変声期を迎える前の少年たちによって歌われる。個人的に「ゲームファン同士の結婚式で歌われるべきウェディングソング」だと思う。
■注2 だれかさんじゃなくて、オラのことだよ。
■注3 いわゆる、無責任に「下駄を預ける」ってやつ。
■注4 新潮文庫の夏フェアで「インテリゲンちゃんの夏休み」というコピーを糸井が書き、ゲンちゃんこと高橋をモデルに起用。以後、二人に交流ができる。
■注5 ポーキーとは、三浦純の視点から見た糸井重里である。
■注6 つまり、対称性文学は80年代の末に「すでに達成されていた」ということ。それを見抜けない高橋は文芸評論家として、目が節穴。
■注7 ネタバレしてっとう。だから、●●●●●●の部分は伏字だあ。
■注8 実はこの話、出所が不明なのよ。雑誌か、ほぼ日か、どっちか、ちゃんとわかってない。下調べをキチンとしてない。
■注9 “プレイヤア”には傍点がふってある。
■注10 ここらへんのエピソードは、ほぼ日の『MOTHER3』開発中止時の鼎談で語られている……はず(うろおぼえ)。
■注11 有名な「プログラムを一から組みなおした方が早く出来上がる」だね。
■注12 これもほぼ日(木の上の秘密基地)を見ればわかる。ほぼ日情報ばっかり。
■注13 ジャパンピンチョン。青木惇梧じゃなくて、彼の方がしっくりくる。(私は保坂和志にケンカを売っているのだろうか?)
■注14 「マジプシーと」も加えてもいいだろう。
■注15 以後、ありえない未来の思い出ちゃんには、“ありえない未来の思い出”の部分に傍点がふられているものとして読む。書かなくてもいいと思うけど、マリアはクィア(おかま)だ。
■注16 本当はひらがなで『We miss you』の歌詞がちゃんと書いてある。ネットでも音楽著作権に気をつけなくちゃね。
■注17 違います。マジプシーの名前は旋法から取られているのだから。
■注18 『ナルニア』のルイスの言葉だ。それも、トールキンに送った言葉。
   2010.1.22版

   あとがきっぽいのが好き (ナイスですね)
 『なんでオレ、彼女に「◇きえかかってるけど わたしは げんきです」って、言わせなかったのだろう。それに、これって自分が「にんしん」であると、「宗教告白」しているようなものだろ? よくないんじゃないかなぁ。G●サマ方に。ま、いいや、その点については。
 コピーはテキトーに、「最後を読むまで、泣くんじゃない」だろう。
 それにしても、傍点がふれず、太字にできなくて、さらにルビまでふれないのは、ライティング的にきつかった。テキスト・クオリティーが明らかなに低い。そこに気づくヤツは、相当な読み手だけど、そんなヤツがこれを読んでるワケない。まだまだ仕上がりは低い段階。欲をかいちゃいけない。とりあえず、乙』



[801] 無題 投稿者:伊藤 投稿日:2010/02/01(Mon) 04:16  

パソパラ見始めて15年か。
今もドラクエ4やってるっていう事は、
15年前と大して変わってねぇな。
15年で得た事っていえば、桜が舞い落ちるスピードは秒速で5センチだって事くらいだ。


[800] だけど、私は気を使える人間! 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2010/01/29(Fri) 13:56  

   前回の反省点
 『うあああぁ。大失敗だあぁ。東陽片岡さんのことを、東“洋”片岡と字を間違って、呼び捨てにしていたぁぁぁ。なんて、失礼なことをしていたのだろう(泣)。手元にちゃんと資料があるのに、うっかりしていた』 
 だけど、私は気をつかえる人間!
 雑誌『漫画サンデー』で一番である『艶恋師(いろこいし)』の次に面白いマンガ『東陽片岡のふにゃらら行進曲』をあげたい。(一番は『プレイキャッチ』じゃないのかよ!)
 話は変わるが落語ファン(最近『じょしらく』を読んでニワカ落語好きになった人は除外。どうでもいいけど、想像妊娠のネタは志ん生の艶笑落語「鈴ふり」の枕で話した、大奥の女中が妊娠して親は誰だと問いただすと、左甚五郎・作のハリガタを見せたことから着想したのでは?)に失礼があった。圓生のことを、“園”生と書いてしまった、ミスがあったのだ。
 だけど、私は気をつかえる人間!
 圓生のCDを聞くと、噂に聞くお茶をすするのを、録音されている。
 『ああ、本当に圓生って話の最中にお茶をすすったりするんだあ』
 と、妙な感動を味わえる。圓生にはそれなりの敬意があるのだ。
 イイワケじゃないけど(いやエクスキューズだけど)、個人のブログを閲覧すると、けっこう誤字は多い。それに比べてタレントのブログは、チェックが入ってるのか、誤字や期待している失言が少ない。
 ミスではないが、気になるのが、『MOTHER』ファンへの配慮である。『MOTHER』ファンの気分を害していないだろうか、危惧しているのだ。しなくてもいい告白をすると、「カッコイイと思うもの」に下ネタワードを入れたり(吉田戦車のマンガじゃないんだから)、
 だけど、私は気をつかえる人間!
 そこで、『MOTHER3』の評論である「Wii miss you」をアップしたりする。これは『MOTHER』ファンへの「リボンでラッピングされたプレゼントボックス」である。
 ただ、「Wii miss you」は基本的な評論の形ではない。名づけるとすれば、「クリティーク・フィクション」。意訳すると評論詐欺だ。クリティークのコンゲームである(英語にしただけじゃないか……アレ? おかしいな、元の言葉と違うぞ)。
 『この評論はフィクションです。
 実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません』
 でも、普通の人は、基本的な評論すら、知らないじゃないか。普通の人は小林秀雄の本を読んで、「モオツァルトの曲を聴いても、透明な悲しみが走らねぇぞ!!」と、文句をつけることだろう。
 ちょっと、話がそれたが、具体的にどういうことかと言うと、「Wii miss you」は「普通の(ゲーム)評論ではない」、ということ。「ポストモダンな(ゲーム)評論」である。
 『私って。80年代ポストモダン文学が好きじゃないですか?』
 と、日本語のおかしい女の子みたいなことを言ってみる。
 ポストモダンを評して論じた「ポストモダン(についての)評論」はあっても、評論自体がポストモダン化しているのは、他に類を見ない(探せばあるかも)。最近ハヤリの「擬人化」を取り入れたり……ハヤリだから後でカットするかもしれない。
 いかんせん、「Wii miss you」はまだ、満足する水準に達していない、未完成品だ。二十回ぐらいリライトして、完成させたい……何十年もかけて完成させるのだ(ていうか、一生完成しなくてもいい)。
 特殊というわけではないが、章始めごとにエピグラフがある、最相葉月の『絶対音感』方式。文体も普段とは違う敬体(ですます調)で書いている。
 アタマから順序通りに書き込み(コピペ)しても、能がないから、ケツからアップをする。近年のアニメとかでよくある演出である。(でも、実際にこれをやると、カオスアニメのネタにされる) 要するにトンデモ物件だと。『と学会年鑑』のマークをつけるとすれば、「ここまでくると引く」と「著作者と読者の知恵比べ」である。でも、私はできたなら、学会に入りたいんだよ。会員二人を抱きこむのが難しそうだけど。あと、年会費を払い続けられるのか、自分でも心配。
 最近忙しくて、隔週アップ予定だから、「Wii miss you 01」がアップされるのは、五月の初めあたりだろう。


[799] ネタ話 「名球会に楯突いたり歯向かったりしない」 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2010/01/13(Wed) 09:04  

 クルーンをご存知だろうか?
 160キロの超剛速球を投げる巨人(元横浜)のピッチャーである。(150キロ台を 剛速球、160キロ台は超がつく剛速球と、球界では表現している……はず)
 160キロを投げるピッチャーは、そうそういない。世界でも貴重な存在である。
 (ここで、なぜか本棚に行き、八尋茂樹著『テレビゲーム解釈論序説/アッサンブラージュ』現代書館刊を取り出し、第七章「ロールプレイング・ゲームのレトリック表現」の項を捲る)
 (唐突に)『MOTHER2』には、クルーンと同名のロボットが敵モンスターとして出てくる。その上位種は「クルルーン」、最上位種は「クルンクルーン」という名である。
 全米は広い。きっと、クルルーンという名の人物がどこかにいて、球を投げれば、170キロを出せるに違いない。
 世界は広い。きっと、クルンクルーンという名の方がいて、球を投げれば、180キロ以上は出せるだろう。
 参考までに球速の大リーグ記録は、二宮清純著『ニッポンが生んだ「ゴジラ」の実力』(この本は記録の数値に間違いが多い。校正がキチンとデータ照合をしていない証拠)によれば、カイル・ファーンズワースの166キロらしい。クルーンとクルルーンの中間クラスである。
 しかし、上には上がいる。
 クルンクルーンを越える球速を出す人物がいた。
 それも、全米や世界の話ではない。
 島国日本での話である。

 ビートたけしさんがたけし軍団を率いて、名球会と対戦したとき、たけしさんは何気なく金田正一ことカネやんに「金田さん、現役時代何キロ出てました?」と聞いたらしい。カネやんは「うん、200キロぐらい出てたかな」と答えた。そこへ、二人のやりとりを横で聞いていた張本勲ことハリさんは「うん。出てた、出てた」とカネやんの証言を裏付けた。
 カネやんもハリさんも名球会の住人である。私は楯突くつもりはないし、歯向かうつもりもない。と学会的に「トンデモ物件」だと検証……いや、「トンデモ」という言葉を使うことすら、憚られる。
 しかし、カネやんは名球会を私物化している事実が判明し、会を追われてしまう。だから今こそ、たけしさんとのエピソードに突っ込みを入れるときではないか?
 私は「川に落ちた犬は棒でひっぱたく」、小物であり下衆である。ビジュアル的に、東洋片岡のマンガに出てくる人、なのだ。
 『カネやん! シバリョウみたいに、ふかしこくんじゃねぇ!』
 でも、ハリさんの言ってることは正しい。なぜなら、名球会の人だから。
 カネやんの言ってることは間違っている。なぜなら、名球会を追われたから。
 私は権威に弱いのだ!
 (ホントは、会を追われたのではなく、会長職を退いたらしいが、「会を追われた」と言ったほうが面白いので、デーポこいた)
クルーン<クルルーン<クルンクルーン<カネヤーン。

   ウソペディア
 金田正一 通称「カネやん」。10年ぐらい前の『ミニスカポリス』のタレコミ情報でテリー伊藤にサッカー日本代表カントクにしてはいけない1位として選ばれた。なぜなら現役引退した釜本を代表に復帰させかねないから……
 張本勲 通称「ハリさん」。韓国リーグ創設時、日本球界の在日選手を韓国リーグに移籍入団させるパイプ役になったといわれる。この話から伺えるのは、口調は乱暴者っぽいが、温情家だと思われる。イチローに通産安打記録を軽く越される。

   前回の反省点
 凡ミスを発見。ケンドーコバヤシの台詞が間違っている。
  誤 「皆さんもご存知のとおり、イツワリノウタヒメとは、私のことです」
  正 「ちょっ!」
 原因はキーボードの打ちミスによるものと判明。
 『台詞を噛んでしまうようなものですね』
 ……正確には「イツワレ」と打ちミス。「リのキー」と「レのキー」が隣同士だから。笑いながら、キーを打っていたから(いいわけがましい)。


[798] ネタ話 「新春 小ネタ集」 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2010/01/06(Wed) 08:38  

 蝶野正洋の「アイム チョウノ」ってフレーズ、おかしくないか?
 日本語に直訳したら、「私は蝶野です」って、言ってるワケだろ。獣神サンダーライガーが、「アイム ヤマダ」と、自分の本名をカミングアウトするなら、わかるけど、「私は蝶野です」って……さすが『アメトーーク』の2009年MVPだ。言うことが違う。
 それはともかく、小ネタと言えば、三木聡監督である。テリー伊藤の弟子筋にあたるらしいので、動物虐待ネタを企画したりするのだが、繰り返しのテンドン系ギャグ「ピアノの粉末」は、作品のいたるところにある。
 この間『Mフロンティア』の映画版である『イツワリノウタヒメ』をまだ見ていないのだが、内容はよくわかる。
 ランカちゃんが親指人差し指小指の三本の指を立てて「あいまいは、三センチ〜」と言うと、アルトとシェリル様がすかさず「それは『キラッ☆』てコトかい!」と突っ込む。そこに、ケンドーコバヤシが現れ「皆さんもご存知のとおり、イツワレノウタヒメとは、私のことです」とわかりきったことを言う。
 ああ、そういえば、シェリル様は「銀河の歌姫」と呼ばれている。もし、この「銀河」の部分が、アニメをたくさん作る地域である、「練馬」だったら面白い。
 そうなると、シェリル様は「練馬の歌姫」である。
 グッとスケールが落ちている。じゃあ、ランカちゃんは、「みんな抱きしめて! 練馬の果てまで」とか、対抗して言ってくれるに違いない。『星間飛行』の歌詞も「たましいに 練馬 流れてく♪」に、変えたら面白い。
 まあ、手塚治虫のマンガによれば、ミクロコスモスもマクロコスモスも同じ構造というホロン理論があるので、「練馬」も「銀河」もたいして変わらないのだろう。
 銀河がどうのこうのと言えば、最近『DQX』をプレイして、気になるテキストを発見してしまった。
 鳥山明がムリして巨乳(村西とおる監督が「巨乳」と言い出したらしい)に書いたデボラが、せいすいを戦闘中に使ったときだった。
 「デボラが せいすいを ふりまいた!」
 「はっ」とした。サイバラが「お勉強シリーズ」で、清水義範さんが「金は王水で溶ける」と書いた文章のカットに、「この世で いちばんえらいのは王水じゃねぇ 女王さまのおみずだよ」と書いたのを連想させるテキストだ。
 このテキストを読んだ一部の男性諸兄は、「まほうのせいすい」でもないのに、心のマジックポイントが、上がってしまうテキストではないか。心のマジックポイント、それ即ち妄想力! イメージ的には、『グレンラガン』でドリルが「ギュイ〜ン」と回転する原動力が螺旋力だとすれば、エッチなのが頭の周りを駆け巡るのが妄想力である。
 モンスターの「なまえがえ」で、「うんこ」はいいのに、「ちマルマルマル」はダメである。なぜ、「うんこ」はいいのに、「まるまるポまる」はダメなんだ。でも、「たま」はあり(「きん」をつけるとダメ)。玉さんが『しあわせのかたち』で描いた、「思わぬ下ネタ」も可能なので、ブラックドラゴンに「わしづかみ」されてしまうぞ。
 『フローラさんは正妻、デボラは愛人』
 デボラの巨乳と言えば、巨乳の倉科カナ。まだ、いい愛称がないグラドル出身の「朝の連続テレビ」『ウェルかめ』のヒロイン。乳揺れ見たさに、お父さんが会社を遅刻してしまう……とかはないが、胸が揺れる度に視聴率が乱高下!
 下品な紙媒体では、ヤンマガ水着DVDで、「お宝映像」が拝めることが、発覚していることが国民の利益のために報道されている。
 がんばれ、くらカナ(テキトーなニックネーム付け)。
 ほしのあきみたいに、「稼ぐ男」をゲットしてほしい。ほしのあきは、「わたしは、お馬さんに乗るのがうまい人、に乗るがうまいの」とか、破れかぶれでテレビで言ってほしい。



 「あれ? 「絶望したって負けないモン!」の続きはどうした?」と思われた方もいるかもしれないが、毎週毎週書き込みがあると思ったら、大マチガイ!
 今回は、木多康明『喧嘩商売』の「グダグダな展開(東大卒・南信長のお言葉)」をオマージュしてみた。
 『喧嘩商売』と言えば、大みそかに格闘技イベントのテレビ生中継をやってる裏番で、「JKと条例違反することをうんぬんする」討論番組(そもそもスポンサーがつかないだろう)の模様を、本筋そっちのけでえんえんと描く。登場人物の森本ライオンのキャラ立てが秀逸。他にも「キンちゃんの顔に泥を塗った男(通天閣投法ができる)」や「宮崎県知事」などの芸能人のソックリさんが登場。
 (「この間『Mフロンティア』の映画版である『イツワリノウタヒメ』をまだ見ていないのだが、内容はよくわかる」って、文章おかしい。銀河がどうのこうのと、ドラクエ5がまったく関係無い。なんの接続にもなってない。こんなグチャグチャしたテキスト、読みにくいよ。巨乳がどうのこうのなんて、とがしやすたかかよ)


[797] 「絶望したって負けないモン!」 しょのさーん 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2010/01/01(Fri) 23:06  

   『FFi+4』 02 「つまり『FFi+4』01の続き」
 戴冠式のとき、選帝元老フスヤが「そなたに“不滅なるもの”の号を与えよう」とか言いながら冠を授け、ガーランドこと皇帝が「ありがたき幸せでございます」とか言って、臣民に「私は死を越える者(エクスデス)であり、裁定者(ジャジメント)であり、黒のミンウでもある。そして、ミシディア魔道帝国とは、私のことだ!」とのたまって、シュプレヒコールが起こるのだろう。(コーネリア・ミシディア二重帝国時代に“統一”皇帝が現れ、ミシディア魔道帝国に一元化したと思われる)
 混沌皇帝ミンウ・ガーランド、幼名クジャゼムス。あらゆる『FF』のボスキャラを「皇帝」というデフォルトに圧縮している。これが基本的な「圧縮の技法」だ。
 戦うとき、右手を取り外して敵に投げつけて、「ゴルベーザ!」とか言うと、右手が全身鎧の魔人になって、その魔人を倒して皇帝に迫ると、手先の無い左手を回して「片方だけかな?」と意味ありげなことを言って「セシール!(東野幸治なら「セシ〜ル」と言った後「(巻き舌で)エボスアロヅアルルゾン」とか言う……『ごっつええ感じ』世代限定ギャグ)」と叫ぶと、皇帝に迫っていた奴の胸が、背後に現れた全身鎧の魔人の腕に背中から貫かれる。魔人は握り締めた心臓を潰す。「安心しろ。お前の下半身にしか用はない」などのわけのわからないことをいうのだろう。バトルマンガで如何に敵が強いかを表現するシークエンスみたいなのだね。
 ま。単純にストーリーは、OVAの『ファイファン』みたいにクリスタルを胎内に入れた羊少女(名前はセイラか、ロ系エーブイ女優冴木忍似の『10』のヒロインの名前か、あるいはユーザーネーム登録か)を、混沌皇帝の命令で殺さなくちゃならなくなった「暗黒卿」こと女暗黒戦士が、羊少女を連れ去って帝国から逃れる話で、逃走先でかつての友が刺客として現れる……バリバリ『守り人』じゃないか。
 どうして暗黒卿は少女を皇帝の命に背いて助けるのか、と言うと、どうせファイファンのキャラなのだから、トラウマ持ちで母親に捨てられたみたいな過去があるのだろう。自分は母親のように、少女を見捨てたりしないとか、の動機がある。でも、母親は『ベイグランド・ストーリー』みたいに記憶を植えつけられてるといいね。帝国に侵攻した国ということになっている国の悪者に、悪いことをされてしまって生まれたのが、暗黒卿なのだけど、実際はそんな事実はない。捏造された記憶を利用して、ダークフォースに目覚めるように仕組まれていた……帝国が悪い連中だと印象付けるための、ありきたりのエピソードだね。
 地形的に行き止まりのところに逃げ込むと、リディアに出会って、耳骨の化石から巨人幻獣を復元して、「だいちのいかり」で直下型地震が起き、地形が変わって先に進めるようになる……『4』のイベントそのままじゃないか。
 んで、帝国立美術館で絵画修復士をやっているプリムが、刺客としてやってきたり、人格がビックスのティナがやってくる。『ジョジョ』第五部でポルナレフが解説しているように、人格が変わると「性別が変わっている」かのように体格が変わるらしい。ティナの場合、髪の色まで変わる。
 それはともかく、シド博士に言われるわけだ。「クリスタルはライフストリームの固体だ」とか。地下神殿(謎のフィギュアが奉られている)でライフストリームを二千年間かけて結晶化されたクリスタルを、羊少女が胎内に取り込んでいる。ライフストリームが過去に死んだ生命の霊体集合なら、そこから生前の情報を取り出して、失われたジョブをトレースしてアビリティを得る「ジョブ・チェンジ・システム構想」だったけど、人格を憑依させる「サイコ・トランス・システム」にしかならなかった。(ぴーえすさんのセル構想が結局、劇団ひとりが言う「蛋白質の計算」にしか使われないみたいなもの)
 その犠牲者がティナで、胎内魔洸炉にライフストリーム(ファイファンの黒歴史が収められている、と思われる)を通すと、人格が得られる。そんなムチャをすれば、統合人格に過大な負荷がかかるわな。で、本物のジョブ・チェンジをするのは、クリスタル羊少女なのだろう。
 そんなこんなで、どうしても、追い詰められるワケだ。業を煮やした帝国側が、陸海空の三軍が逃走先のゴルモア半島に差し向ける。兵にして一軍五千。
 暗黒卿自ら斥候に出て、飛空挺が垂らしている「骸骨に羽根付き帽子」の旗の柄を見て「ハイン将軍が来た」とか、戦車部隊の牽制射撃を見て「この弾幕の張り方……レオ弾幕(こんなこと書いてるけど、具体的にどういう撃ち方をして弾幕を張るのか、決めてない。思い付きだから)」とか、海賊船のような戦艦を見て「レイラ艦隊まで……」とか言って、自分一人で作戦を練る。暗黒卿は埋めようのない戦力差を考え、羊少女にオルゴールが内蔵されたペンダントを渡す(流れる曲はランスロットが廃人になっても持っていた奥さんの形見のオルゴ……違う。それは『オウガ』だ。『5』の「想い出のオルゴール」だよ! それにしても、我々『オウガ』ファンはいつまでランスロットの復活を待てばいいのだろう。答え、「一生」)。
 仲間となったプリムやティナに羊少女を託して、総勢一万五千の大部隊に、女暗黒騎士は、たった一人で挑む。


[796] HELLO EVERYONE I AM CHINESEチヒ 投稿者:チヒ 投稿日:2009/12/29(Tue) 22:20  

WHAT IS MOST POPULAI , SAY SOME


[795] 「絶望したって負けないモン!」 しょのにー 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/12/26(Sat) 13:57  

   『FFi+4』 01
 おおたか静流の「Roaming sheep(ファイファン3のコマーシャルソング)」が流れる中、オープニングが始まる。
 黒バックに「徘徊する羊」を象徴する少女が、やや小走りで走る映像に、画面の半分以上をメインスタッフのクレジットが表示される。
 ヴォーカルのソロパートが終わって、インストゥルメンタルが入ると、「一角獣のような聖角を生やした娘がなにかの欠片を持っている」、「緑髪の女戦士」、「左右長さが違うお下げをした銀縁眼鏡をした両利きのピクトマンサー」、「赤髪の少女竜騎士」、「仮面を被っているが鎧のボディラインから女性とわかる暗黒騎士には、右手に無数の刀傷がある」などのキャラクターのイメージが挿入される。
 シーンが変わって船団や飛空艇を嘗め回すように撮る空撮映像が流れ、巨大な浮遊城には、ミシディアの混沌皇帝とその軍勢が居並ぶ。
 また小走りの少女の映像に戻り、やがて、少女は立ち止まり、彼女の体からまばゆい光輝が放たれる。彼女の体の中にクリスタルがあり、そのクリスタルが輝きを放っている。「Roaming sheep」の曲もここで終わる。
 で、ファイファンUのアルファベット順に文章が表記されるように、『ファイナルファンタジー i+4』と、タイトルが出る。
 タイトルが複素数ナンバリングなのは、フェリーニの分数をタイトルにした映画みたいで、いいじゃないか。ナンバー4なのは、本当は作られるはずだったが、企画消滅した幻のファミコン版『4』のこと。虚数・イマジナリティナンバーはなんなのかというと、「そりゃダークマターのことだろ?」と。
 アレッ? 「Roaming sheep」って、ファイファンのヴォーカル・コレクションに収められていたっけ? ともかく、今までの歴代シリーズはもちろん、衣谷遊さんのマンガ、アニメからCMソング、『タクティクス』まで、「本源的蓄積」してデータベースを作って、それを参照してファイファンをでっち上げようというのが『i+4』のコンセプト。いうなれば、「オタク的データベース」の「オタク」の部分に「ファイファン」を代入する(だから代入法とは「置き換えの技法」だ)。
 ただ、ファイファンはドラクエと違って、マンガとかアニメとかのネタが、ゲームにフィードバックしない方だ。ドラクエなら、マンガが顕著で、誰かに聞いたことあると思うけど、『ダイの大冒険』のアバンストラッシュが、特技ギガスラッシュに、ヒュンケルのグランドクロスが、そのまま特技に『Y』ではなっている。他にも、藤原カムイの『ロトの紋章』の主人公の名前アルスが、おまかせネームになっていたりしている。よく調べてないけど、高屋敷英夫さんと久美沙織(亭主は鷹匠)のノベル版ドラクエの中にも、もしかしたらゲームにフィードバックされたものがあるのかもしれない。
 キャラクターも今までのシリーズの使いまわしみたいなもの。
 役行者のような聖角を持った少女(リディア)が召喚士の役割をする。絶滅した幻獣が化石になっていて、その幻獣化石を元に幻獣を復元する。だから、アビリティ名は「しょうかん!」じゃなくて、「ふくげん!」。オープニングで持っているかけらは、斬鉄剣の欠片で、そこからオーディンを復元すると、どこからともなくスレイプニルが走ってきて、「われ、ヴァルハラより、来れり」と言って復元されたオーディンが馬に飛び乗って「斬鉄剣」を繰り出す(コンニャクは切れるのか?)。帰り際に、「われらは滅びたのではない。ヴァルハラにて新生を待っているのだ」と、意味ありげな言葉を残して、オーディンの幻影は消えて、欠片に戻る。
 ビックスとウェッジも出てくるけど、同一人物で二重人格。人格で使用アビリティが違うのだろう。でも、誰かに「ビックスか、ウェッジか?」と、現在の人格を確かめられたとき、「いや、クモだ」と多重人格者であることが判明したりするイベントがあったりする(雲の英名は言わずもがな)。ジョブ・チェンジ・システムの変形なのだろう。でも、本当はサイコ・トランス・システム。
 両利きのピクトマンサーは、二刀流ならぬ二筆流。弘法大師の五分のニ。左右にダビンチの筆(両利きなだけに)を持って戦う。名前はプリムでいいと思うんだよ(何も考えてない)。で、画号が“ザ・エッジ”。ファイファンで、両利きといえば、エッジしかいないだろ。「スケッチ!」も、両利きだから、右手でオルトロスを描いて、左手でテュポーンを描くと、「たこ足八本」で敵をひるませてから「はないき」で戦闘外へ吹き飛ばす連携をしたりするのだろう。
 西原理恵子さん(「グッドモーニング ミスタータカス」「6月9日はムクの日」)のマンガを読めばわかるけど、絵がうまいヤツは、基本的に両利き。でも、よくないな。ことさらに、両利きを持ち上げるのは、あまりよくない。オペラ歌手には「デブ信仰」というのがあって、太っているといい声が出せると、妙に信じているところがあるが、どうも科学的根拠はないらしい。
 女暗黒騎士は、天野喜孝がデザインしたかのような、いかついカブトを被っているけど、カブトを取ると中身は美女。それで、両手を交差させるように右手を切って、「あんこく!」を使う。このキャラは暗黒騎士のデフォルトに複数のネタを圧縮していない……
 複数のネタを「圧縮の技法」で、ひとつのデフォルトに圧縮しているのは、最強の敵である混沌皇帝ミンウ・ガーランドだ。


[794] 「絶望したって負けないモン!」 しょのいちー 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/12/16(Wed) 16:59  

   まったく導入になっていない導入
 今回からは、ちょっと趣向を変えて、複数回に渡るシリーズものを試みてみたい。言うなれば、『週刊ゴトチヒ』である。だいたい週一でネタを書くつもりだが、そんなことをしたら暴走必至! もしかしたら、やりすぎでサイトから書き込みが消えるかもしれないが、それも覚悟済み! でも書き込みが消えても大丈夫! どうせ百五十回以上新たな書き込みがあったら、自動で消えるわけでしょ? オンナジオンナジ。 だから魚拓職人! 仕事頼むぜ! 魚拓っといてくれ! そして、何より構成を何も考えず、見切り発車! なので、尻切れトンボで終わるかもしれない!
 『それもまたよし!』

 (急に、園生のように湯飲みのお茶をすする)とまあ、前置きはこの程度にして、話は簡単だ。同人誌的ノリで、あるオタク文化の作品をゲーム化するという、米光・麻野・飯田の『ベストセラーゲーム化計画』の二番煎じ的企画だ。『ゲーム化計画』のネタになったベストセラーが、三人のゲーム化計画通りにゲームが作られるわけがないように、私のゲーム化計画も実現するはずがない。当たり前のことを言うようだけど、お遊びなのだ。(でも、本気にするひとがいるわけでしょ? 世の中広いから)
 どういうことかというと、
 “しかし、これはあり得ない「未来の思い出」だったのです。”
 と、オンナジオンナジ。(『MOTHER』ファンの綺麗な思い出を汚す発言)
 ある作品をゲームにすると、こうなるという、古くは「もしも『ヤマト』が中国で作られたなら」とかのネタだね。ドリフの「もしもシリーズ」。
 ジャンルは何がいいかなあと思うと、2D格闘ゲームがいいなあと、安易に思ってる。『ナルト』みたいに3Dでもいいはずなのに、なんで2Dなのかは「ドットグラフィックが好きっ」だから。「アフリカ象が好きっ」みたいなものだね。(最近はファミコン世代が自由にモノを作れる立場になってきたみたいで、マンガ雑誌とかでマンガのキャラをドットグラフィック化するようになってきたみたい。『聖おにいさ☆ん』とか、友達百人作るマンガの粗筋ページとか)

 それはともかく、マンガ、アニメ、ラノベなどの作品をゲーム化する場合、とても便利な手法・手段が、東浩紀の「オタク的データベース」である。マルクス流に言えば「本源的蓄積」だね。ま、翻訳者によって、「始原的蓄積」とか、「原初的蓄積」などの違いがある、らしい。ついでに言えば、マルクスの評論ツールである「上部構造(スープラストラクチャ−)は下部構造(インフラストラクチャー)によって規定される」の、下部構造に「オタク的データベース」を仕込むのである。
 ちょっと話がズレるけど、オタク文化のファンタジーって、下部に「オタク的データベース」を オタク的ファンタジーを作るから、古くからのファンタジーファンに毛嫌いされる。その昔、古参SFファンが、マンガ、アニメ、特撮のSFを否定するみたいに、アニメとかゲームのファンタジーを「これはファンタジーではない」と言って、物議をかもしたいと、常日頃から思っているけど、そうした発言を控えて、「ちょっとソレってどうなのかなあ……」と思わせる高千穂遙的方がいる。
 ついでのついでで、中沢新一の『カイエ・ソバージュ』の評論ツールである、「圧縮の技法」と「置き換えの技法」にも触れておく。
 基本的に、現生人類の想像力は、この二つの組み合わせしかない。
 この二つの技法で何を人類は想像してきたというと、合成獣・キマイラを生み出してきたのだよ。歴史的にはドラゴンとか、スフィンクスとかを想像してきた。現代的には、『MOTHER3』のポーキーとか、『トイ・ストーリー』のアイツとかがやったこと(いつものように資料不足で固有名詞をど忘れ)。これはあまりいい例じゃないか。

 気を取り直して、まず「オタク的データベース」をどのように使うか、「圧縮の技法」と「置き換えの技法」をどのように用いるのか、例として噛ませ犬的にネタにするヤツがあれば、いいなあ。「本丸を攻めるために外堀を埋める」みたいな、なんというか、「いじるだけいじって、面白くなくなったら捨てる」、お笑いで例えたら、ウッちゃんのオモチャだった(「だった」に傍点指定)ふかわりょうかな、今の狩野……最近、新作が出るらしい、『ファイナルファンタジー』がいいんじゃないのかなぁ。ベストセラー商品で、誰もが名前を聞いたことがあると思うし。有名税でいじられるのも、慣れてると思うし。「俺は噛ませ犬じゃねぇ!」って、言わないと思うし。「狙うは長州力の首ひとつ!」は今では長崎県知事候補で、「これで世の中いいのか?」と思うし。
 では、次回、『ファイファン』のネタを本源的蓄積して、ゲームを作るとしたら、どうなるかをテキトーに検証。
 できれば「しょのななー」ぐらいで終わりたい(君はDr.モローを知っているか?)。(それはともかく、今回は四コマ風に、文章を四分割して章立てしてみた。普通は四段落にするんだけどね。一応、起承転結にしたつもりなのだけど)


[793] 「大反省」 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/12/09(Wed) 12:26  

 前の書き込みで雑誌『群像』の新人賞に小説と評論を送るはずが、締め切りを過ぎてしまったことに触れた。今回の書き込みは、その反省である。別に江口寿史のように、締め切りが一週間以内なのに、作画に十日かかるというものではない。
 評論のテーマに高橋源一郎さんを選んだのが、間違っていたのだ。
 高橋源一郎さんといえば、『私生活』で『ぶるマニア』をプレイしたことを公言した文学者だ。80年代ポストモダン文学の旗手である。『メイキングオブ同時多発エロ』という、エルフさんの広告で見たような、見なかったような題名の小説もある(ある事情で単行本化できない。それも「わいせつぶつのとりしまり」関係ではないので、ややこしい)。
 高橋さんは、左翼だ(断言)。それも全共闘世代である。
 『ゼロ年代の想像力』を読んでから、高橋さんのデビュー作にして代表作の『さようなら、ギャングたち』を再読すると、「これって、全共闘世代のためのレイプ・ファンタジーじゃない? 安全な痛みが描かれていない?」と思える。「レイプ・ファンタジー」も「安全な痛み」も、宇野常寛さんの評論ツール(東浩紀で言えば「オタク的データベース」とか)である。残念ながら、これを指摘すれば、下読みの段階で切られるだろう。斉藤美奈子さんは新人賞の選考は公平であると、語っている。だが、それは左右どちらにも公平であると、考えたほうがいい。つまり不公平な指摘をしてはいけないということだ(私にだって、詳しく語れないことがあるのだぞ)。
 ただ、問題は解釈には賞味期限があることだ。全共闘世代の読者がいなくなると、『ギャング』は一般的な共感を得られなくなる。『ギャング』を読めばわかるが、作中のギャングとは連合赤軍がモチーフである(山本直樹の『レッド』を読めばまるわかり)。今、連合赤軍に共感できる人間は、雨宮処凛ぐらいだろう。『ギャング』が後世でも読まれるためには、『白鯨』のように新しい解釈が必要だ。
 『白鯨』のモビー・ディックは自然の驚異には抗えない、その象徴としての白い鯨だと思える。だが、今そんな風に『白鯨』を読む者は皆無である。
 端折って説明するが、白鯨=ホワイト・ホエール=WAPS・レヴァイアサン、と考えるのが、現在の文学シーンでは当たり前となっている。白鯨の白とは「ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント」の象徴であり、白鯨の鯨とはホッブスの暴力をコントロールできない国家の象徴である「レヴァイアサン」のこと、つまり人工国家アメリカを象徴しているのが、モビー・ディックだと言われている。(もちろん、『白鯨』の冒頭に鯨の文献としてホッブスの『レヴァイアサン』の一説が引用されているのは、周知の事実)
 さらには、『白鯨』には、ものすごく不穏な「大統領選挙とアフガニスタン戦争」とかの章題(?)がある。こうなると、エイハブ船長を、ウサマ・ビンラディンになぞらえてみたくなる。(『白鯨』については千石さんの翻訳を薦める)
 これを踏まえた上で、『ギャング』のギャングたちは、絶滅させられたインディアンの種族名のついた船の乗組員の末裔が、大統領にテロをしているのでは? という解釈を展開しようというプランだったけど、これは引っ込めた。だって、下読みする人や二次選考の方の逆鱗に触れたくない(これ以上書かなくても、意味わかるだろ)。
 だから、切り替えて、『ゴーストバスターズ』の、「ゴーストって何?」という論題に変えた。ゴーストをキャッチングする、「ゴーストキャッチャー」になるのである。『真夜中の弥次さん喜多さん』の「お伊勢さん」、『MOTHER3』の「闇のドラゴン」みたいなもの。
 結論を言えば、このゴーストこそ、高橋源一郎さんが何年も小説を書けなかった原因であると、推論できる。サルトルに『聖ジュネ』を書かれたジャン・ジュネが、何年も小説を書けなかったように、誰かが『聖タカハシ』を書いたのだよ。その誰かがゴーストであり、『聖タカハシ』もゴーストである。
 なんだか、ポストモダン的なややこしさで、ケムにマこうとしてないかと思われるかもしれないが、ややこしついでに、小説家高橋源一郎についての評伝である『聖タカハシ』を書いたのは、文芸評論家のタカハシゲンイチロウである……というアクロバティックな解釈が、理論立てて語ることが出来る。
 これは、ちゃんと資料検証すれば、出てくる解釈なのだ。『ゴーストバスターズ』と『文学なんかこわくない』を併読すれば、容易に出る解釈だ。で、この解釈ができるとわかったのは、十月の最終週。評論の締め切りは、十月末日。
 『ええ、がんばりましたよ。だけど、締め切りに間に合いませんでした。ちなみに自分のセリフを二重鉤括弧にするのは、ケータイ小説の手法です』
 作文章作業がタイムリミットまでに、終えられなかった。この作業が終わった後には、校正作業の時間をとらないといけない。言うなれば、作文章には十日かかるのに、締め切りが後一週間しかない……アレ? なにか同じようなことを、前に書いていたような、気がする。とくに冒頭で。
 ということで、反省、終わり!
 
 この間の反省点 「アフィリエイト」を「アフリエイト」と書いてしまった。イイワケをさせていただければ、「どうしても、新語は一度、間違えてしまう」ので、大目に見てもらいたい。


[792] アニメレビュー『大正野球娘。』 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/11/25(Wed) 07:41  

 『大正野球娘。』の内容を一言で言えば、「乙女たちのジュヴナイル」である。本当なら、レビューコメントの題名にしたいぐらいだ。
 読売新聞のテレビ欄「放送塔」(読者のテレビ視聴感想を載せるコーナー)でも、五十代の男性が見るに値するものという評価を与えている。
 (昔、パソパラの3Pネットで『コメットさん』の最終回を放送塔で「感動した」と取り上げたのをネタで送ってきたのを読んだことがある)
 夏休みのウイークデーの帯として、集中放送とかしてもいいのではないかと思うぐらい正統ジュヴナイルだ。今までのジュヴナイルものの黄金パターンを堅実になぞっているのである。
 もはや、ジュヴナイルは乙女たちを主人公にしなければ、成立しないのではないか? と思える。ここ十年ぐらい前から、それは顕著になってきている。もしかしたら、「少年であった頃」という意味のジュヴナイルは、いずれ「乙女であった頃」になるのかもしれない。
 逆に言えば、少年たちのジュヴナイルというのは、コンテンツの蓄積が多いから、いまさらそのジャンルを見せられても、こちらとしては「見る前から飽きている」。具体的にタイトルを挙げるまでもなく、名作ぞろいだし、それらを越える作品となると、作る側的に厳しいといわざるを得ない。だから、『バンブレ』のように、女の子たちが部活動をする話にして、彼女らが部活動を通じて成長するものになる。
 そうなると、「成長を描けている」かが焦点となる。
 結論から言わせてもらうと、1クールで登場人物たちの成長をちゃんと描けたのはすごい。私の持論では、キャラクターの成長を見せるには、どうしても、2クールいる。大体26話前後のシリーズ構成で、まずキャラクターが未熟であるところを初期に見せ、次に練習や特訓でできなかったことができるようになるところを見せて、最終的に対戦相手から承認を得る……のが必勝パターンだろう。問題は2クールぐらいの幅がないと、キャラクターが成長したことを、見る側である受け手に実感させるのが難しい。
 それを1クールで、実感できたのは、すごい。
 いや、やろうと思えば、2時間サイズの映画でも、「成長を描く」ことはできることはできる。ただ、促成栽培のような印象を受けるのが、どうしても引っかかる。
 『野球娘。』にはそれが無い。
 原作もさることながら、よく出来たアニメである。
 だが、あまり、こういうことを言いたくないけど、今のアニメ放送のダメなところが出ている。本来なら夕方で、東邦星華学院高等女学院女子野球部「櫻花會」のメンバーと同年代の子たちが見るべきアニメなのに……『野球娘。』は深夜放送である。
 それは仕方ない部分もあるにはある。軽い「お百合表現」(吉屋信子的「S」なのか?)は、日曜夕方の放送には、ちょっとそぐわない。
 だけど、昔、『ストップ! ひばりくん』と『パタリロ』をゴールデンタイムに放送していた時期があり、「日本の子どもたちにマチガった性嗜好に導きこうとした」時代があったことを考えると、あの程度の「お百合表現」はアリだと思うけど……これはムズい。NHK−BSの夏や冬の休みにやるアニメ集中放送のときに何度も放送してほしい(ムズかしいだろうなあ)。
 
 
 『えー、今回のアニメレビューは自分でいうのもナンですが、自己採点で百点満点中五十四点ぐらいで、及第点に達していません。ネットアップのレベルに達していないと思いますよ、文章的に。特にオチもないし。ですけど、別にいいのです。なぜなら、私はイイカゲンだから。『野球娘。』は評価できる点はイイカゲンじゃなく、本当です。「わたしたちがはじまるの♪」(急に歌を歌いだして人を煙に撒こうとしている)』


 最後に心配事をひとつ。
 アニメ『野球娘。』の製作会社はJ.C.STAFFは私の好きな『フォーチュン・クエスト』のアニメを作った会社なのだけど、「ガール・ミーツ・ガール」の『青い花』の製作会社でもある……
 『絶先』でまといちゃんをやったタメに、“長身(エッフェル塔クラス)お百合娘”とか“さわ子先生”とか、女のヘンキャラは「とりあえず」真田アサミをキャスティングという、「アニメ業界の常識」になってしまった(のか?)ように、JCはお百合アニメ会社に、このままではなってしまうじゃないか?
 アニメファンの皆さんには、お百合アニメを作る会社というマチガったレッテルを貼らないでほしい。張るだけなら、京アニに貼ってください。
 以上。(以上だよ、以上)


[791] アニレビュ『よくわかる現代魔法』 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/11/19(Thu) 04:43  

 『これからレビューする『よくわかる現代魔法』は、『よく現魔』と略して、「よくゲマ」と読むのが、いいのではないかと(言わなくてもわかると思うけど、嘉穂ちゃんの口真似)』

 というわけで、上の行間の間に、ウィキペディアで『よく現魔』を調べたね。調べないと、ナニ書いてあるのか、わかんないよ。
 さて、『よく現魔』では、現代魔法と古典魔法が出てくる。その違いは、単純に現代魔法はパソコンやケータイでコードを組んで魔法を使う。対して古典魔法は自分の身体でコードを組む。どちらも、一長一短がある。
 呪文=コード(プログラミング用語の)というのは、魔術の現代解釈だ。(ここらへん、議論しなくちゃいけないのだけど、中世の時代において魔法は無限だった。「豊穣の角」ことコルヌコピアがまさにそう。それを有限にしたのが、「魔法の近代化」ではないか? と私は睨んでいる)
 実際に、コンピュータ・プログラミングができれば、ディスプレイの中で、「魔法」を表現することは可能なわけだ。括弧つきの魔法だから単なるCGだけど。そのCGを自在に使いこなすには、コードを自在に使いこなせればいい。これは魔法を使いこなしたければ、呪文を使いこなせればいい、に等しい。構文もよく似ている。ほぼ同等と考えていいだろう(しかし、相似形であるか、合同であるかは、迷うところだ)
 これを踏まえた上で、姉原十字魔法学院に集まる面々とは、何であるかと考えると、自ずと見えてくるのは、純文学系の文芸サークルの溜まり場なのではないか? という推察だ。(原作の桜坂洋が桜庭一樹と同人誌を発行していた事実とかも、若干鑑みている)
 現代魔法と古典魔法、両魔法の部分に、代入法で「文学」を代入すると、面白いことがわかる。現代文学と古典文学、両文学の特性に両魔法が似ているのだ。
 今現在、現代文学の作家は、ほとんどパソコンやケータイで小説を書いている。文芸誌の『すばる』で、この間新人賞を取った新人は、ケータイで文章を打って、小説を完成させた。原稿用紙に一文字ずつ、時代ではない。
 だから、森下こよみは、全ての意味を無意味にしてしまうような内容のケータイ小説を書いているとたとえられる。意味(コード)を無意味(タライ)に換えるのだ。
 古典魔法の使い手、一ノ瀬“チョモランマ”弓子の持っている杖は、筆のシンボルと考えていい。前に広井王子が『ハミ通』のコラムで、「昔、文章を書く場合、書道を習って漢字を覚えていた」とかいって、それなりに教養を覚えないと文章は書けなかったとか、指摘している。だから、弓子はちゃんと漢字を覚えていて、文語体の文法を心得ている人物、つまり古典文学を表現・再現できる教養を持った存在なのだ(「それって、丸谷才一みたいに、旧仮名遣いで書くということ?」とかはとりあえず、置いておく)。
 姉原美鎖は文芸サークル主宰なのだけど、商業媒体でも仕事がある人なのだよ。たとえるとしたら、「第二次惑星開発委員会」主宰の宇野常寛さんみたいな。あるいは、『メルボルン』を発行する長島有orブルボン小林。
 美鎖の弟・聡史郎はサークルの正規メンバーではないので小説を書いたりしないが、同人誌発行となったら、文章の校正をしてくれたり、印刷所の手配や折衝をしてくれる、サポートやアシスタントのホジションにいる人物だ(俗に言う「編集」)。これは作中で姉原家の家事をこなしていることから連想した。
 ただ、姉原美鎖には、違う疑いがある。
 それは「姉原美鎖はギートの原型ではないのか?」というものだ。
 「ギートって、何?」って、『ギートステイト』のギートだよ。ともかく「ググれ!」。すると、「なるほど。ゲームプレイが労働になってしまった社会。ネトゲ内アイテムの金銭取引やリアルマネートレーディングの次の段階のことね」と、だいたい、わかる(これは正しい説明なのか、ちょっと疑義があるな)。
 これは、プログラマーでないとわからないかもしれない。プログラマーにとって、ゲームソフトのプログラミングを組む事自体が一種のゲームだ。ソフトの販売本数がそのままスコアなのだ(こんなこと書いている私は、実はプログラムのことはほんの少ししか知らなかったりする)。
 美鎖がコードで組んだ製品(=魔法商品)を作る過程は、一種のゲームプレイに似ている。実際にパソコンでプログラミングを組むし、スコアを上げるように製品の売り上げを上げようとしていないか?
 さらに、あるエピソードで、「探し物」を美鎖はする。その態度が、ゲーマーがゲーセンに新しい筐体が入って、早速プレイして「ゲームのテイストを味わう感じ」にそっくりなのだ。「はは〜ん。こんな感じねぇ」という、クールな反応を示す(それが彼女にとって「冴えた反応」なのだろうか?)。
 
 「姉原美鎖ギート説」、なかなかに有力な説ではないかなぁ。これはラノベ評論家の論理的で合理的で整合性のある批判をちゃんと受けたい。
 ……アレ? 出口がおかしい。アニメレビューじゃなくて、ラノベレビューになっているぞ!


[790] アニメレビュー『化物語』 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/11/13(Fri) 14:03  

 アニメレビューかぁ。久しぶりだなぁ。ン何年ぶりだろうなぁ(江口寿史は「寿史ぶり」とマンガで描いたりする)。『グレンラガン』とかで未完成のやつとか、あるんだけどねぇ、まいいや。
 最近、アニメばかり見てて、やっぱり気になるのは、西尾維新原作、制作シャフトの『化物語』だろう。

 (↑この行間の間にウィキペで『化物語』の予備知識を得ておくと、これからのレビューがわかりやすかったりするぞぉ)
 アニメ『化物語』は、よくできている。
 そこはほめるべきだ。具体的に何をほめるのかとなると、アニメオリジナルの部分だろう。
 そして、オリジナルといえば、ウエダハジメ(『フリクリ』のマンガ版を描いた人)作画で、supercellが歌う『君の知らない物語』によるEDだ。
 断定的にモノを言うのはいかがなものか? と思うが、ウエダハジメの原作解釈は、必ずしも正しくはない。しかし、優れていると言える。(これは押井守的禅問答ではなく、糸居重里的キャッチコピー。「なにもしないをするの」とか「ほしいものがほしいわ」とか)
 原作独特の世界に、ウエダハジメ独特の造形のキャラクターが、妙にマッチしている。そこで流れる曲が『君の知らない物語』である。
 間違いかもしれないが、ある解釈をひとつしたい。
 アニメ『化物語』は、曲『君の知らない物語』のifの世界が、描かれているのではないだろうか?
 フルサイズの『君の知らない物語』を聴けばわかるが、この歌の物語は「行動を起こさなかった女の子」の話である。それによって、タイトル通り、「君の知らない秘密」があったと、歌っているのである。詳しくは曲をCD屋さんで購入して(ここ太字・てか自分のブログならアフリエイト入れてる)して、確かめてほしい。
しかし、『化物語』では、引込み思案なヒロインが「言えなかった」と後悔などしない。ヒロイン戦場ヶ原ひたぎは、主題歌の女の子とは違い、主人公阿良々木暦に行動を起こす。
 それによって、「君の知らない物語」から「僕たち(暦とひたぎ)の知っている物語」に“かえた”のではないか? この“かえた”の漢字は“変えた”ではない。“化えた”である。
 つまり、『化物語』とは、エンディング曲の知られざる「物語」になっていてもおかしくなかったものを、ひたぎが行動することによって、化けさせた「物語」なのだ。
 まさしく、それは「怪異」だ。
 災いをもたらし祭られ鎮められる怪異ではなく、事象としての括弧付きの「怪異」。
 もしかしたら、それは「恋愛」という、「怪異」かもしれない。
 「人は恋をすることによって人生が“かわる”」とすれば、「人生=物語」の等号が正しければ、「ひたぎは恋をすることによって物語が“かわった”」のである。(“かわる”の漢字は、「変」をあてないことは、わかるだろう)
 そして、もしも、『君の知らない物語』が、エンディング曲で使われなかったら、それには気づかずに、「君たち(アニメ視聴者)の知らない物語」があることを見過ごしていただろう。(まさに「君たち(アニメ視聴者)の知らない秘密」)
 こうしたことから、『君の知らない物語』は『化物語』の主題歌に他ならない。
 だから、前に書き込みした「名曲認定の大盤振る舞い」で、『君の知らない物語』をギャグの余勢で名曲認定しているけど、アレは勢いだったけど、こうして考えてみると、本当に『君の知らない物語』は名曲なのではないか?
 
 しかしねぇ、釘を刺しておくと、これは解釈のひとつに過ぎない。
 岡田斗司夫さんは『ぼくたちの洗脳社会』(ネットで読めるから、時間があったら参照してね)で、「高度洗脳化社会では、たくさんの解釈が溢れる」と看破して、『オタク論』でその話を継いだ唐沢俊一は「解釈はたくさんあるが、それはほとんどクズだ」と語っている。
 たしかにその通りなのである。ネットでは日々、ある物事について千の解釈がブログや掲示板にアップされる。そして、その解釈のほとんどはクズである。
 だから、私の『化物語』の解釈も、千の解釈の中の、クズ解釈のひとつに過ぎない。(それは当たり前だろうなぁ)
 謙遜で言っているのではない。私は謙遜されるのも、謙遜するのも嫌いだ。掛け値なしの自己評価なのだ。
 自分の解釈が、千の解釈のうち、一つや二つしかない、それこそデネブやアルタイルのようにきらめく解釈のはずがない。(つっこまれた時の予防線を張っているとも、「解釈」しても別にいいよ)
 だいたい、オリジナル部分をほめるはずだったのに、ケツがブレてるだろ。

 (それにしても、ネタバレしないようにレビューを書くって、メンドウだなぁ。これでもネタバレっぽいしなぁ)


[789] ネタ話 「ジャンプマンガを読んで学ぶ」 番外編 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/11/04(Wed) 04:29  

 ジャンプマンガは「辻褄があわない」ことをしているのは前の書き込みで指摘した。その多くは前にした設定を覆すような形が多いが、科学的に間違いがあるのも、実はある。つまり、「物理学的に正しくない」とか、「生物学的におかしいぞ」とかである。でも、こういうのは、柳田理科雄が検証すればいいのだから、わざわざ私がやらなくてもいいのだよ。
 でも、わざわざやる。
 少年マンガに大人である人間がツッコミを入れる、大人げないことをしたいから。(ホントは「大人げない」の部分は傍点付き)
 しかしねえ、物理学的に間違いを指摘しても、案外、物理学的に正しいことを言っていたりするから、ややこしいのよ。
 たとえば、『キン肉マン』でロビンマスクとネプチューンマンの対戦で有名な、「重い物が先に落ちる」。ロビンスペシャルをかけようとしたロビンに「テメエが早く(?)落下するのは、その重い鎧のせいだ!」と言ってネプチューンマンはにロビンの鎧を剥ぎ取り、逆にロビンスペシャル返しをかける……この「重い物が先に落ちる」というのは、「物理学的におかしい」(正確に言えば落下物の空気抵抗が高いと落下速度が緩和される)。しかし、柳田理科雄の指摘によると、マッスルドッキングの威力は通常のキン肉バスターの十倍であることを、計算もせずに見ただけでわかったバッファローマンは「運動物理学の天才である」と、語っていることから、必ずしも「物理学に作者が弱い」わけではない……から、ややこしい!
 でも、絶対に科学的ではないのは、ある。『アストロ球団』でバロン森があきらかに「打球速度よりも速く走ってる」とか……参考までにウサイン・ボルトが世界記録でだいたい時速40キロぐらいなのだが、打球速度は時速100から200キロの間である……。そういえば、実写版『アストロ』では、バロン森は球一より打力がある。原作では体重のある球六だったから、打球を取れなかったが、実写版では球七を放り投げて(「飛べ! 不死鳥!」)、取れなかった。つまり、ダムの壁を越えるほどのパワーがあることに……なるぞ!
 『超人だ! てか、バロン森は超人を超えた!』
 それはさておき、現在でも、ジャンプ黄金期に活躍した人は、「あれ〜?」なコトを描いたりする。
 徳弘正也先生の『ふぐマン』。現在雑誌『スーパージャンプ』で連載中の最先端科学ギャグマンガだ。要諦だけを語れば、主人公はトラふぐの遺伝子組み換えの実験薬を誤って注射され、全身の体液すべてにテトロドドキシンが含まれる体質となってしまった、ということらしい。そのため、女性にいろエロなことができなかったりの、悲喜劇が醸し出されるギャグマンガだ。
 私はその昔、テレビ番組で養殖したふぐには、毒素が含まれないというのを見たことがある。養殖ふぐは養殖用のエサを食べて育つのに対し、天然ふぐは自然界の生物を捕食していって、その生物に含まれている微量の毒素が食物連鎖の高位・高次であるふぐに凝縮し(いわゆるシガテラ。もっと正確に言えば「生物濃縮」で『メイドのススメ』の問題の解答で出てくる)、その凝縮された毒がテトロドドキシンであるらしい。だから、養殖用のエサにテトロドドキシンの元がないので、養殖ふぐに毒がないのだ。
 主人公はシガテラによって、テトロドドキシンの元となる食物を摂取していない……でも、毎日ジャンクフードばかり食べてるから、それがシガテラとなって、「きっと、これはジャンクフードを食うな! という徳弘正也先生の現代社会の食生活への警告だ!」という隠しテーマがある……はず。
 最後のオチとして、『キン肉マン二世 究極の超人タッグ編』の、キン肉マンあんどテリーマン対万太郎あんどカオスの対戦で、ある状況でテリーマンがカオスを引き上げるときに、問題が起きている。
 このシーンは内容をあえて書かない。なぜなら、書いている私がワケわからなくなるから。
 でも、悪魔将軍がジェロニモに技をかけて、技をかけられているジェロニモが見て驚くのと、「変わってないぞお!」と、つっこめる。
 別にいいんですよ。80年代の半ばですでに、文学者高橋源一郎氏によって、「キン肉マンは“永遠のワンパターン”だ」と看破されているのである。
 江口寿史のマンガで、「江口寿史はな〜んも進歩してない」というギャグがあったけど、「ゆでたまごはな〜んも進歩してない」と言えちゃうんじゃないのか?
 なんだかなあ。
 うれしくなっちゃうよ。

   おまけ
 雑誌『群像』の新人賞に送るとか、送らないとか、前の書き込みでしていただろ。ところが、小説も評論(高橋源一郎論)も、締め切りに間に合わなかった。
 これについては原因があるから、今度「反省文」を書くよ。
 まあ、いいんですよ。江口寿史さんのマンガを読んで、「締め切りを守らなかったりするのも、それはそれでアリ」ということを学んだので、締め切りに間に合わないのも、仕方ないだろう。
 「そこを学んじゃ、ダメでしょーっ!」
 『その通り! まったくその通り! 反駁の余地無し!!』(繰り返しのギャグ)
 「『ひばりクン』で作者が何度も繰り返す「こんにちわ 中森明菜です」のマネかよ!」
    番外編(完結後に単行本の頁合わせの読み切りのようなもの) 終



[788] ネタ話 「ジャンプマンガを読んで学ぶ」 後編 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/10/10(Sat) 15:28  

 「ジャンプマンガを読んで学ぶ」前編のあらすじ 職と妻子を失い、路頭に迷った悪者は、悪の道に引きずりこまれ、マンガ家となる。銃刀違反や淫行条例違反などを度々繰り返すが、人気作家なので全て不問。「それでいいのか?」という読者の疑問をヨソに、テラヒット作『それでもパンチラ原理主義(はあとマーク)』が、土曜午後七時からの全国放送でアニメ化されることが決定。誰も喜ばない。

 『ジョジョ』第五部で、康一君はジョルノにスタンド攻撃をしかける。相手の重量を「とてつもなく重くする」というスタンド能力は、ジョルノのゴールドエクスペリエンスによって無機物が生物と化した植物に、スタンド能力を反射され、康一君はとてつもなく重くなる。
 このことをよく踏まえておいてほしい。
 で、第五部の後半、下に移動したものがカビる(粘菌の習性から着想したらしい)というスタンド能力の敵と、ジョルノは対決することになる。この攻略法は簡単だ。石でもなんでもいいからスタンド(ゴールドエクスペリエンス)で無機物を殴って生物に変化させ、それを落下させればいい。カビるスタンド能力を反射させるために。ゴールドエクスペリエンスの能力を生かせば、これでいいはずである。でも、ジョルノは弾丸をクワガタムシの幼虫に変化(スタンド能力)させから、成虫になるまで時間稼ぎする……あの、生物変化させた弾丸を、落下させれば、相手がカビるんじゃないの? という疑問が残る。
 なによりも、この能力があれば、ボスのキングクリムゾンのスタンド能力発動中は「時間が経過している間は自分以外の誰もが時間経過している事実に気づかずにボスだけが自由に行動することができる」という、私の友人でジョジョ好きでもあるワタナベが「理解に苦しむ」という発言をさせたスタンド能力も、無機物を生物変化させれば、スタンド能力反射可能じゃないか? ああ、そうか。ゴールドエクスペリエンス・ゼロは、その能力が強化して、時間が巻き戻っていく……ということなのか? というか、「辻褄があわない」のではないか?
 
 『ドラゴンボール』だって、そうだ。スカウターが悟空の界王拳で壊れる……のは、いいが、じゃあ、フリーザの側近クラスで、悟空の界王拳で数倍戦闘力が倍増したくらいの戦闘力が、あるんじゃないのか。たぶん、フリーザの手下はスカウターに電源を入れていないのだろう。下っ端の手下がフリーザ様の前で電源を入れようものなら、「コラッ! フリーザ様の前でスカウターを使うな! スカウターが壊れるだろう」と、直属の上司に叱られるのだろう。(社員教育は徹底的に)

 「あのう、そんなことよりも、あなた、休むって書き込んでるでしょう? それなのに、書き込みをするって、なんというか、その……辻褄があわないじゃないですか?」
 『うるさい! 辻褄のひとつやふたつ、あわなくてもいい!』
 「ええ〜(『時効警察』のオダギリジョーの真似)。じゃあ、ジャンプマンガを読んで学んだことって、辻褄が合わなくても、面白ければ、それでいいってことですか?」
 『その通り! まったくその通り! 反駁の余地無し!!』
       「ジャンプマンガを読んで学ぶ」 第一部完(事実上の打ち切り)
 
   事業報告
 次の放送予定の『マンガ夜話』の第二夜で取り上げる『リストランテ・パラディーゾ』で、夏目房之介さんに「ジジのモグほっぺは杉浦茂の影響ですか?」という質問ファックスを送ります(いしかわじゅんさんには聞かない)。ウィキペ情報が正しかったらの話。



[787] ネタ話 「ジャンプマンガを読んで学ぶ」 前編 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/10/02(Fri) 14:40  

 この間、雑誌『ユリイカ』の「メビウス特集」を読んでいたら驚いたことがあった。メビウスは、大友克洋を研究していたと、発言しているのだ。
 『時効警察』のオダギリジョーがありえない行動を取った人物を目撃したリアクションで「ええ〜」と言ってしまうように、私も思わず「ええ〜」と口に出してしまった。大友がメビウスの影響を受けていたはずじゃないのか? 
 本当にメビウスが大友を研究していたのなら、マルクスがヘーゲルに向けた言葉をもじって「メビウスは逆立ちしている!」と言いたくなる。だって、いしかわじゅんさんの『漫画の時間』によると、ずいぶん前に来日したメビウスにシンポジウムで大友のマンガを見せたら、「わたしのこどもだ」と、語っていたぞ。
 これはどういうことなのだ?
 メビウス翁にその点を指摘したら、もしかしたら、こう言うかもしれない。
 「辻褄のひとつやふたつ、あわなくてもいい!」

 ところで、ジャンプマンガは矛盾に満ちている。
 一言で言えば、
 「辻褄があわない!」
 のである。
 特に80年代黄金期のタイトルに、そういう傾向が多い気がする。
 まず、その代表格としては『キン肉マン』があまりにも有名だ。
 悪魔将軍に両手をホールドされて回されるジェロニモ。次のコマでは正義超人たちがリアクションで悪魔将軍のパワーに驚くが、彼らの後ろで同じように驚くジェロニモ。「お前、悪魔将軍に今、技をかけられている最中じゃないのか?」というのは、ファンに百万回(おおげさ表現)つっこまれている。
 また、『キン肉マン』ファンにしかわからないネタで、「どうしてロビン一族しか使えないはずのパロスペシャルをウォーズマンが使えるんだ?」というのがある。ここらへんは私はあまり詳しくないので、触れないことにしておく。
 
 次は『魁!男塾』。(資料を読み込んでこなかったので、何か間違いがあるかもしれん。あと固有名詞は忘れました。「ゴリュウフ」とか)
 『マンガ夜話』の掲示板を賑わした、歴史に残る「透明ブーメラン事件」を取り上げたい。
 作中、盲目の武術の達人のキャラが登場するのだが、彼は敵キャラの攻撃を「まるで見えているかのように」避けるのである。気配とかで、相手の攻撃を読むことができるので、攻撃を避けられるらしい。
 しかし、敵キャラに透明ブーメランを投げつけられると、その武術の達人は、攻撃が「見えなくても避ける」ことができるはずなのに、避けることができなかったのだ。透明ブーメランが当たり、ダメージを受けた武術の達人は、あわや窮地に追い込まれるのである。
 「透明ブーメラン事件」は、突き詰めていくと、
 「哲学的命題に達する」
 ので、深入りはしない。
 でも、ギャグとして考えると、マンガ史上「十指」に入るギャグだ。(私は腹を抱えながら、この文章を書いている)
 
 また、論理的整合性に満ちていると一見思われ、作者自ら「シャーロック・ホームズ的バトル」と語る『ジョジョの奇妙な冒険』でも、実は「辻褄があわない」ところが、実はあるのである。
 それは第五部で……(以下次号を待て)。
 
 「ゴトチヒの書き込みが読めるのはパソパラの掲示板だけ」(某雑誌の柱によくある編集部からのコメントのパロディ……こんなキャプション書かんでも誰でもわかるよ! てか、『マンガ夜話』の掲示板でボツってさえなければ、オラの書き込みが読めるよ)



[786] ネタ話 「名曲認定の大盤振る舞い」後編 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/09/19(Sat) 14:37  

 (えっと、「名曲認定の大盤振る舞い」前編の続きですな。
 えー、『ロマ・サガ3』未プレイの人、ネタバレするから、読まないでね。
 ついでに、「友情の話」の話題だったと思います)
 ガラフは自軍を返して、飛竜に乗りこみ、たった一人で、エクスデス城に侵入をはかる。
 自分を助けるために第一世界から異世界といえる第二世界までやってきた三人を、仲間である三人を救い出すために。
 自分が三人を救い出さなければ、誰が三人を救い出す(なんか、『キャシャーン』のオープニング・ナレーションみたいだ)。
 一国の王であっても、そんなこと関係なく自分一人だけで、仲間を救いに行く。ヤンキー風にいえば、「裏切れないダチ」を救いに行くのである。
 それは、ガラフというキャラクターにとって、当たり前のことだ。
 なぜなら、彼は「暁の四戦士」の一人だから。
 一度、仲間を見捨てたようなことをした。
 だが、今度は絶対に、見捨てない。
 たぶん、ガラフはずっと、それを後悔していたのだ。
 熱いエピソードだねえ。(ん? このラスト・センテンスでちょっと台無しになっちゃったんじゃないの? なんというか、雰囲気を。それはともかく、一週間またいで、こんなシメでいいのか?)
 
 気を取り直して、『ロマ・サガ3』だ。
 ストーリーの佳境に入ると、全四魔貴族(そういう敵キャラがいるんです)を倒すことになる。
 しかし、アビス・ゲートの向こうに、「ある年に生まれていなかった(ここらへん、説明がややこしい。ウィキぺで調べてくれ。説明丸投げ小泉純一郎体質)」はずのあるキャラが取り残されてしまう。
 そのキャラ(The child of fate)は、現世に悪影響を及ぼさないために、ゲートの向こうに身を隠した、と思われる。おそらく、自分が救世主となるか、あるいは魔王になるか、わからないからだ。
 事後、ヨハンネスの観測台にいる主人公たちは部屋でうなだれているようにしている。
 そこへヨハンネスが来て天体観測の結果、新たなアビス・ゲートがもうひとつ開いている情報が一同に提供される。
 そのときに、あの曲(名曲)がかかる。
 主人公を中心に部屋に散らばっていたパーティー・メンバーが終結する。
 ヨハンネスは驚いて、「行くのか?」と思わず聞く。ゲートの向こうに行くことは、それ即ち、死出の旅だからだ(アビスとは地獄という意味なのは言わずもがなである)。しかし、彼ら主人公は「東の果てだな」程度のことしか言わない。
 本当なら、ここでは説明が必要だ。
 マンガとか、アニメとか、ラノベとかだったら、ナレーションや地の文による理由・動機を語りたくなる(ドラクエなら主人公意外のキャラが説明的に語る)。
 しかし、考えるのではなく、こう感じるべきなのではないか(ブルース・リーの超有名なセリフがモチーフ)。
 「仲間を救い出しに行くことに、理由が必要なのか?」
 これは、同じスクウェア作品である『FFX』のガラフがエクスデス城に乗り込むエピソードとほぼ同じシチュエーションだ(表現法が違うけどね)。
 でも、彼ら主人公の決意を感じさせる、こちらの方が私好みだ。
 ともかく、このシーンにかかる曲は、名曲だ(CD持ってないのでタイトル不明なのがおしい)。
 なんというか、「友情の話」を盛り上げるには、曲がかかせないということだね。
 で、その曲はなんの合理的な説明がなされていないのに、「名曲」と勝手に認定する。
 (もっとさ、緻密に文章を構成して、「名エピソード・名シーンに名曲あり」だとかさあ、格言・金言っぽいこといえば、人から尊敬を得られそうなものなのに……自分で崩してるなあ。自分にダメ出し☆)
 
 名曲ついでに、最近のアニメでは『化物語』のテーマ曲である『君の知らない物語』は名曲だ。(うーん。音楽批評なんてあんまりできないから、名曲である理由なんて感覚にすべて頼っていて説明できないや)
 というか、名曲認定の大盤振る舞い!
 ちょっと、どうでもいい話かもしれないけど、TV Editだけを聴くと、この曲の本当の(タイトルの)意味がわからない。(ねえねえ、これネタバレ? ネタバレ?)
 「この曲のタイトルの、“君の知らない物語”って、どういう意味がこめられてるの? もしかして、タイトルに偽りありなの?」
 『端的にいえば、男子女子で天体観測をした話です。夏の大三角を見ていたら、新たなアビス・ゲートが開いている! ことがわかるのです(ケンコバのように自信満々)』
 「それは、意味の説明になってないぞ」
 『ともかく(拳を作り震えるほど強く握る)、友情は裏切っちゃいけない!』
 「今までの話題と、まったく関係ないじゃないか!」
 『関係はモチロンある。なぜならワタシはアカツキの三戦士の一人ですからね』
 「ウソつくな! それに一人減ってるぞ! ボケにボケを被らせるな! てか、友情の話なんだから、イイ話に落とせよ。ネタ話に落とすなよ!」
 『それは、タイトルに偽りあり(ニヤリと笑う)、になっちゃうでしょう』
 名曲認定の大盤振る舞い《終》
 
   事業報告
 『えっと、『群像』という文芸誌に、文芸評論と小説を書いて送るので、一ヶ月ぐらい、書き込み休みマース。
 なんか、このまま、フェード・アウトするかもー(なげやりいー)』



[785] ネタ話 「名曲認定の大盤振る舞い」前編 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/09/13(Sun) 14:05  

 ちょっと前の反省点だよ。
 『滝沢いづみさんのことを、滝沢い“ず”みさんと、小さいミスしてますね。これはネタじゃないよ。マジ間違いですよ。私だって人間ですから、凡ミスだってするんです(カギ括弧のときはだいたい「ですます調」だね)』
 凡ミスしたって、いいんだよ。ダメ人間だもの。(ラジオ「伊集院光の深夜馬鹿力」ファン限定ギャグ)
 
 個人的な話で、キョウシュクだが、私は「友情の話」が好きだ。
 なので、ネタバレ話である。だから、アニメ『カウボーイ・ビバップ』を見ていない人、テレゲ『ふぁいふぁん5』をプレイしたことがない人、あるいはスーファミ版をプレイしたがDSのリメイク版を楽しみにしている人(最初のプレイを忘却の彼方にしてリメイク版でまるで初めてプレイする感覚で味わいたい方のこと・案外細かいところを忘れるからこういう人もいるのでは?)、テレゲ『ロマンシング・サガ3』を未プレイの人、ここからのテキストを読むの禁止!
 いわゆる、
 「ネタバレ注意!」
 というヤツだ。
 
 まずは、『カウボーイ・ビバップ』の「ジュピター・ジャズ(前後編)」から、グレンの話だ。
 結論からいうと、グレンはビシャスに裏切られる。
 戦場で同士として戦い、ビシャスは自分を助けてくれたし(そういうシークエンスがある)、オルゴールを渡してくれたことを「友情の証」としてグレン受け取る。しかし、その渡されたオルゴールで、グレンは心を病むほど、ビシャスに裏切られる。
 グレンは自分をハメたビシャスを最終的に報復することを選ぶ。
 それは、悲劇の引き金を自ら進んで引くことだ。そんなことをしても、何かが取り返されるわけではない。それをしても、むなしいとグレンはわかっている。それでも、彼にとって、あえてしなければならないことだった。
 後編の終盤、グレンはビシャスにオルゴールを返していたことが判明する。
 今度は、グレンがビシャスに「借り」を返す番であったのだ。
 よく見ればわかるけど、「ジュピター・ジャズ」はもう一組の友情も描かれている。それは、ジェットとスパイクの関係だ。
 ジェットははっきりいうと、スパイクにちょい裏切られてる。フェイが金を持って雲隠れしたのに、「今の仲間のことより、昔の女を捜すのか?」と憤っている。さらに賞金首であるグレンを、スパイクはとっ捕まえてこなかった(仲直りの条件を満たしていない)。でも、ジェットはスパイクを許しているから、ビバップ号に帰ってきたソードフィッシュを格納する。
 演出として、グレンとビシャスの関係と対比しているのだ。
 女房役ジェットは、スパイクを迎え入れ、「スペース・ライオン」(名曲)の導入部であるサックスのソロパートが流れ出し、エンディングとなる。
 ここには、「友情を裏切っちゃいけない」というテーマが確かに貫かれている。そして、なによりも、友情があれば、多少のケンカをしても、関係が修復できる。
 (もうちょっと「ジュピター・ジャズ」のこと詳しく書きたいな。アニメーターが勝手に描いた、スパイクが雪に足をとられてすべる演技とか)
 
 次は『FFX(「五番目の最後の幻想」って何だよ)』のガラフの話だ。
 話は中盤にさしかかり、孫クルルが第二世界(攻略本の名称ではたしかこの名だったはず)から、祖父であるガラフを助けに来る。んで、ガラフは自分の故郷である第二世界にクルルと共に、宿敵エクソダスを倒すために戻る。
 しかし、第一世界に取り残されたバッツ、レナ、ファリスは仲間となったガラフを助けるために、第二世界へと向う決意をする。
 シドミドコンビの協力で、第二世界に三人はガラフを追ってきたのに、なんとエクスデスの手下に捕まってしまう。
 おりしもその頃、ガラフは手勢を率いて、エクスデス城に総攻撃をかけようとしていた……が、エクスデスが人質をガラフに見せる。
 「ほら、ガラフ、これを見なさい。あたいの言う事を聞かないと、どうなるかわかるわね? 兵隊を連れて、さっさとおウチに帰りなさいよ。兵隊をこれ以上進めたら、三人の命はないわよ(声の出演・おかまキャラ時の西川貴教。てか、エクスデスはこんなしゃべり方をしない!)」
 第一世界で出会った三人を、なんか魔法を使って(うろおぼえ)人質に捕られたことを知らされたガラフ、せっかく率いてきた自国軍を泣く泣く引き上げさせる。
 しかし、自分だけは違う。
 ビッグ・ブリッジの上をガラフが走り、一匹の飛竜が併走するかのように飛ぶ。
 そのときかかるのが、「暁の四戦士」(名曲)である。
 ガラフと飛竜は、いったい、何をするのか? 続く。
 (週刊少年マンガのひきみたい……ちょっと待って、『ロマ・サガ3』は?)


[784] マンレビュ 『BAMBOO BLADE』 後編 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/09/05(Sat) 12:17  

 で、伊藤剛氏の補足説明をした後は、私のしたい話。それは、「キリノはコジローのこと好きなんじゃないのか?」という疑いだ。
 (まるでCMをまたいだテレビ番組のような感じ)
 それは一巻の最初らへんに、出てくるセリフで匂ってくる。
 先輩とケータイで話していたコジローに「今の彼女っすかー?」と、キリノは聞くのである。それも、先輩と話しているのをわかっていて、あえてコジローをからかっているのだ。
 これはどういうことだろう? いわゆる、気があるから、こういう行動をキリノはとっているのではないか? と、いろいろと考えてしまう。
 「質問です。どうして、あなたはキリノさんがコジロー先生を好きなのか、こだわるんですか」
 いい質問だ。ありがとう。
 答えは簡単だ。
 「好きな娘の好きな人は誰なのか? 気になるじゃないか」
 というわけで、疑惑のように、「キリノがコジローを好きなんじゃないか?」と思いつつ読んでいた。
 第一巻の原作者のあとがき、「制作にあたって」によると、『バンブレ』はそもそも「当初の予定ではスパッと終わらせるつもりだった。3〜5巻くらいの構想だった(以下略)」とある。
 だから、「当初の予定」どおりだったら、町戸高との団体戦で室江高が勝って、本格江戸前寿司を毎日食う(賭けに勝ったから)コジローだけど、キリノが弁当で持ってくるお惣菜の方が「うめえや」みたいなオチがついて、「恋愛が始まってるのか? いないのか?」のような曖昧な場面を見せて、終わるはずだったんじゃないの?
 キリノ「コジロー先生、惣菜屋の娘をヨメにすると、毎日イイモン食えるよ」
 コジロー「ああ、オマエが卒業したら、考えとく」
 コジローもまんざら気がないワケでもないんじゃないと、テキトーなことを考えていた。『バンブレ』を九巻までしか読んでいなかった頃である。
 んで、十巻目を読んで、
 「ああ、よかった『バンブレ』を読んできて、よかった」
 と、思うことがあった。
 あとは、コジローが気づいてあげられるか、どうかだ。物語が進めば、それはわかるだろう。たとえ、どう転んだとしても、私はキリノの味方☆
 最後に『バンブレ』はアニメ版もオススメだ。
 アニメ後半はオリジナル展開をして、倉田英之の名脚本がキラリと光る。
 (と、こんなことを書いているが、実はアニメ『バンブレ』は一秒も見ていない。テーマ曲も知らない。それなのに、なぜ、倉田をホメるのか。「いい人と思われたいから」)
 
   ZENKAI NO HANSEITN
 基本的に、マンガレビューは粗筋とキャラ紹介をしなくちゃならない。でも、ネットの書き込みだから、別に書かなくていいと思う。なぜなら、ウィキがあるから。『バンブレ』に興味があれば、ウィキで粗筋程度はわかる(てか、対戦表が載ってる)。だから、ウィキには書いてないことを書くのが、ネットでのマンガレビューになる。
 私がテキトーに使うターム(専門用語)も、気になるなら、ウィキで調べればいい。これで、緑一色さんに「パスティーシュってなに?」と聞かれて、メンドくさい「ちゃんと正しく答える説明の手間」がかからないので、
「べんりな よのなかに なったもの
 よのう」(ドラクエファン限定ギャグ)
 ということだ。
 それから別に、伊藤剛氏の書いていることが100%全て正しいというワケではない。サヤだけが、「自分探し」をしているワケじゃない。ミヤミヤも、「ダンくんの前にした自分が本当か」それとも「タバコ吸ってる自分が本当か」と、迷ってるのか悩んでるのか、している(つまり二者択一の自分探しをしてないか?)。なにより、剣道を通じて、第三の本当の自分を見つけようとしてないか?
 でもね、こういう指摘を伊藤氏にしてはいけない。ホメるダケにしとかないといけない。なぜなら、「名誉毀損で訴えられる!」から!!!
 ああ、後、『H2』に触れたなら、最初はいやキャラ(嫌なヤツのこと・キャラデザはとりさん・アリスソフトファン限定ギャグじゃん)だった木根のことを話したかった。だって、あだち充はエライよ。あんな木根みたいなキャラに、甲子園でちゃんと見せ場を作らせて、比呂をベンチに下げて、最後のアウトを取らせるワケじゃん。並のストーリーテラーにはできないことだ。久米田康治先生が憧れるはずだ。それから、押入れから『H2』の単行本を引っ張り出して読んだら、はるかは高校野球ファンだから、ぜんぜん比呂のことを知らなかった! それに比呂を誘ってないじゃん。記憶を改竄していた(K-7 No.6・謎の記号)。

 No response & No reaction (ツーチャンとかの『バンブレ』スレッドで、前編のやつをさも自分が思いついたように、書き込んじゃダメだよ。それはドロボーだ。それに前編は、人づてに聞いて面白かったから、黙って書き込みしたものだ。コピペとなんら変わりない。これを人は「剽窃」と言う)


[783] マンレビュ 『BAMBOO BLADE』 前編 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/08/30(Sun) 13:50  

 前回の反省点!!
 「エンドレスエイト」をいじったネタ、「ゲーラボ」の多根さんのコラムのネタと被ってるじゃないか!
 小さいミスだけど、戦場ヶ原ひたぎを間違えて、「ひだき」と書いてしまった。これはしたり(「おもし蟹は原作小説どおりに正しい表記なのに、なんで「ひたぎ」を「ひだき」と間違ったんだ? もしかして、これ、ネタなんじゃねぇのか?」と、思った方もおられるだろう。そう思った方、「正解!」)。
 あと、『ザブングル』には、ちゃんと「戦闘メカ」って付けなきゃ。

 マンガのレビューをずうずうしくしようと思う。
 題材は『BAMBOO BLADE』。通称『バンブレ』だ。まあ、他のマンガレビューを書く人と同じく、先行して書かれた雑誌やマンガ評論本などの紹介記事を参考にしてベースを作り、自分なりの意見を最後にテイストとして残しておく、というのがマンガレビューを書くときのセオリーなのだが、私も定石通り伊藤剛氏の『バンブレ』レビューを読んでから、レビューを書く。
 伊藤剛著『マンガを読む。』(青土社)のレビューを参考にしてから、『バンブレ』を読んでみた。
 ……イカン!
 伊藤剛がレビューに書いてあること、そのままのことが『バンブレ』を通して読むと描いてあった。伊藤剛のレビューは的確で適切で文句なし。レビューに書いてあることで間違いがないのだ。だから、私のレビューは読まなくていい。伊藤剛の『バンブレ』レビューを読め。以上レビュー終わり!
 では、ちょっとアレなので、伊藤氏のレビューの補足説明をしたいと思う(これを人は「スリップストリーム」と言う)。
 伊藤氏は『バンブレ』を「少年マンガ」だと評している。引用すると[(前略)だが少年マンガなのだ。それも『ジャンプ』や『マガジン』ではなく、『サンデー』の系譜に連なる。(後略)]と語っている。文字数制限がある雑誌のレビューなので、詳しく語れていないが、よく考えてみると、「なるほど。それは正しい」と思えてくる。
 『バンブレ』はJKが部活で剣道をするマンガだ。サンデーで剣道マンガといえば、『六三四の剣』だ。そして、部活動で五人組と言えばサンデー作品では『帯をギュッとね!』だ。
 これを中学算数的に展開・因数分解や移項する「たとえ」をすると、『バンブレ』になる。
 『六三四の剣』の剣道を抽出し、『帯ギュ』の五人組に掛けてみる。
   剣道×柔道五人組=剣道五人組
 この解は、納得してもらえると思える(正確には「柔道」の部分に「剣道」を代入、かもしれない。まあいいや)。問題は次に、「移項」することだ。「剣道五人組」を展開すると、「男子高生・剣道五人組」となる(少年マンガなのだから)。
 で、問題の「たとえ」である「移項」とは、「右辺から左辺に移項」するアレである。移項すると、プラスがマイナスに転じる、つまり、
   0=男子高生・剣道五人組 これを移項すると
   女子高生・剣道五人組=0
 となる。
 これは、あくまで、「たとえ」なのよ。実際に数学教師の前で、「『♀=♀』の右辺を左辺に移項しまーす」とか言って、黒板に「♂♀=H」と書いたら、頭をグーでぶたれて、「このドケベ」と言われてしまうぞ。
 (言われんでもわかると思うけど、これは数学を応用した遊びに過ぎない)
 こうなってくると、マンガの単行本のおまけカットで自嘲気味に言ってる「『バンブレ』は男子が冷遇されるフェミニストマンガだ」というのは、あながち間違ってない。
 要するに剣道部の男子部員二人(中田・栄花)は、サンデー作品の女子マネの役割をしているのだ。中田クンは『H2』の古賀はるかの立ち位置に似ている。比呂が中学時代で全国制覇するほどのエースと知ると「野球しないの?」と野球同好会に誘ったような気がする(記憶違いがあるかも)。で、比呂は「ヒジ壊しちまったから」と断る。タマちゃんも中田の誘いを断るという点で同じだ。でも、『バンブレ』と同じような状況で、比呂は「これで終わり」のつもりで、野球同好会に参加する。ダンくんこと栄花団十郎(あのキャラでこの名前はないだろう)も、部員が足りないから「俺の彼女誘ってみます」というのも、実例は出せないけど、サンデー作品の部活マンガで部員が足りない状況で女子マネが「じゃ、アタシのカレを呼んでくる(はあと)」というのと同じで、ありそうなシチュエーションだ。
 つまり、女子マネージャーという役割も、「移項」しているということ。
   女子マネ=男子高生・剣道五人組 これを両辺とも移項すると
   女子高生・剣道五人組=男子部員
 うーん。これは、なかなか説得力があるんじゃないのか。
 で、伊藤剛氏の補足説明をした後は、私のしたい話。それは、「キリノはコジローのこと好きなんじゃないのか?」という疑いだ。
 (以降、後編に続く。いい引きでしょ)


[782] ネタ話 「ウソペディア『咲』」 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/08/23(Sun) 14:16  

 まずは♪ ゼンカイの〜♪ ハンセイテン♪
 別にシャフトアニメが「女の子の頬がピンクに染まる」のパイオニアではない。まあ、いいじゃないか。滝沢いずみさんに、花を持たせようじゃないか。カラーチャートをバラバラにして花びらに見立てた造花を。
 それに、小森ちゃんの水着の柄は、ゼブラじゃなくて、ストライプだろ。『けいおん!』の澪が、文化祭で転んでオーディエンスに見せてしまった横縞みたいなやつ。(「フツー、ゼブラとストライプを間違えるか? もしかして、これ、ネタなんじゃねぇのか?」と、思った方もおられるだろう。そう思った方、「正解!」)
 ハルヒのことを「ツンデラちゃん」と言っちゃイケナイ。それは、戦場ヶ原ひだきのことだ(忍野が「あとはツンデレちゃんに聞いてくれ」とケータイで話している)。それにしても、「おもし蟹」の造形はうまいなあ。透明ポリゴンで蟹を形成して、テクスチャーに「蟹」の字を貼っつける。昔『デジスタ』でやったネタを、うまく消化している。普通のゲームソフトのCGよりも、イイCGを作ることができている(だからシャフトは褒めるところしかない)。

 ザブングルというお笑い芸人がいる。
 コンビ名の由来は、アニメの『ザブングル』だろう。
 だから、「ザブングルは本当に、大切なモノを盗まれても、三日逃げ切れば許してくれるのか?」というバカ企画を実行してほしい。
 その模様を最近流行りのお笑い芸人のDVDにして売る。タイトルはもちろん「ザブングル・グラフィティ(ということは最後は楽屋オチみたいになるのか)」。

 『大正野球娘。』
 「最近インターネット上での不正な利用が多発しております。番組の画像や映像を権利者の許諾なくインターネットを通じて、配信・配布したりすることは、法律で固く禁じられておりますので、ご注意ください。」
 『戦場のヴァルキュリア』
 「番組を権利者の許可なくインターネットなどを通じて配信することは法律で禁じられておりますので、ご注意ください。」
 ……(笑顔で)このビミョウな文章の違いはなんだろう?
 「テレビを見るときは明るく離れてみましょう」

 アニメ『ハルヒ』セカンドに言えることは、ヤマカンがスタッフにいないのが、致命的なんじゃないの?
 ヤマカンとはアレだ。宇野常寛さんに噛みついた人だ(京大出なのに、噛み付いていい人といけない人を嗅ぎ分けることが、何故できない? 愚か者)。アイドルダンスや順不同のエピソードシャッフルのアイデアを出したらしいファーストの功労者である(情報として、前のことよりも、こっちの方が重要で先に言うべきことじゃないのか?)。
 とはいえ、これは感覚的な意見ではないか?
 根拠を問われると返答に困る。
 あてずっぽうな発言。
 なにも考えてない、無責任なカキコ。
 なんというか、ヤマカンなだけに、山勘?
 「お後がよろしいようで」

 No response (「今回のネタ面白くなかった」とか書き込まないで。案外そういうの傷つくから)
 No reaction (無反応でいいじゃないの。たいしたこと書いてないし)
 ウソペディア
 『咲』 JK(女子高生)が麻雀をするマンガ。要するに、「頼めば、中華料理が出てくる、ブルセラショップ」。(失礼な悪口?)


[781] パソパラ買った 投稿者:蜂蜜三昧 投稿日:2009/08/17(Mon) 16:34  

買ったパソパラをよく読んでみると、
メールアドレスもここと違ってるのな。

やはりここは既に契約者(社)が統合の煽りで不在となり、あとは契約切れでNotFoundになるのを待ってる状態っぽいね。

お疲れ様でした。


[780] 私は軸はだから… 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/08/16(Sun) 13:11  

 前回の反省点
 『ハルヒ』を小バカにしたのは、ちょと悪いと自分でも思う。
 (そう思うなら、はじめから、やるなと思われるかもしれないが、それが「人情」というモノ)
 だから、ちょと解釈をひとつひけらかそう。
 それは「エンドレスエイト」は友情の話なんじゃなイカ?(『侵略!イカ娘』?)ということだ。
 将来自分の嫁になるかもしれないハルヒに、今までの夏休みにはない思い出を作らせる話なら、単なる恋愛話に堕してしまう。
 しかし、ここで視点を切り替えて、SOS団のメンバーとキョンの関わりを考えると、友情話と解釈……できるんじゃなイカ?
 深夜の公園でド泣きしていたみくるちゃん(それも柴田ヨクサルの「独特の液体表現」みたいに涙を流す)
 何もいわないけど、解説編(?)でキョンは「長門は疲れてたんじゃないのか?」と、気遣われている有希。
 そして、「自分では何もできない」ことから、キョンをけしかける古泉。
 メンバーたちが、五百年以上続くエンドレスな二週間の「終わり」を待ち望んでいる。
 それができるのは、キョンだけと、「私では役者不足ですから」という古泉のセリフでわかる。
 
 しかしねえ、こうなってくると、「深読み」「裏読み」していくと、「古泉はハルヒのこと、好きなんじゃねえの?」という考えがもたげてくる。
 そもそも、性別関係なく、意識していない異性の耳元で「I LOVE YOU」とささやく、というアイデアは出にくい。
 同性の知人であるキョンにそれを実行させるという仮定であっても。
 だから、一万回以上繰り返しているということは、一回ぐらい自分はハルヒの耳元でささやいただろうと、古泉は考えてるんじゃなイカ?
 (キョンの一人称だから、そこらへんがわからないようになっている)
 だけど、結果はエンドレスは続いている。ハルヒにとって、古泉は中学時代のBFとなんら変わりない「退屈でつまらない」存在。
 (と、考えるのが妥当)
 だから、キョンにハルヒを「どうにかしろ」とけしかけるワケだよ。
 一万回以上の繰り返しの中で、自分ができることはあらかた試しても、ダメだったとわかっているから、キョンになんとかしてもらうしかない。(なんかビートルズの『ヘイ・ジュード』みたいだな)
 古泉は、メンバーたちの気持ちをキョンに託している。それは何故か?
 それが友情だからだ。
 だって、古泉はテレビ番組『ソクラテスの人事』のパイロット版の品川みたいに、「周りが見えてる」。夜中の公園で、キョンに「楽しそうだな」と言われるのは、あそこで自分が「楽しそうにしない」と、SOS団のムードが悪くなるからだ。そうなると、ツンデレちゃんが「どうしたの、みんな? ムード悪いわね? 何? アタシのやることに文句あんの?」と機嫌を損ねて、閉鎖空間を……原稿用紙にして、あと3・4枚足さないと、「古泉ハルヒに片恋説」って説得力無いと思うけど、私の脳内変換した話だと思って、ホンキに受け取らないように(ホンキにしたら、アッタマ悪い証拠)。

 ただ、言わせてもらうと、私は『ハルヒ』という作品を原作小説もアニメもマンガも愛していない。
 えっと、なんていうか、でも、『パソパラ』は愛してるよ(ああ、いいフォローだ)。

 だいたい『ハルヒ』のアニメは京アニ製作でしょ。私はシャフト(軸)派だから。テキに塩を送っても、中に毒を混ぜておくタイプだ。
 アニメ『絶先』サードの方が面白いよ!
 シリーズ構成がうまい。愛されるドジッ娘と女子高生サギ師コンビをまず、「うるうクラスメイト」として見せてから、本登場の回を見せる。うまい。原作の持ち味を引き出している。
 色彩設計も「見事」な程イイ仕事をしている。
 「祝系図」の回の小森ちゃんの水着の色は原作では、単なるゼブラなのに、それを「桃色おピンク」に色指定することによって、「エッチ臭さ」倍増。女の子の頬がピンク色に染まるのは、なんかイイというのも、発見だ。(これ、『みなみけ』の三角口みたいに流行るんじゃなイカ?)
 キャスティングもスバらしく、作中の人物である畑さんの声をアテたのは、久米田先生の弟子でアシ独立後にヒット作を出しているのに、差し入れの苺のことで師匠に説教されるナイスなマンガ家だという事実に、『ハヤテ』ファンは驚愕。
 結論を言えば、『絶先』サードはホメるところしかないけど、『ハまるヒ』セカンドは(書いてないけど)ケナすところしかない。
これを読まれている方で、「前回の書き込みのフォローにぜんぜんなってないじゃないか?」というご意見もおありかもしれない。だが、
「その通り!
 まったくその通り!
 反駁の余地無し!!」
 フフフ。島田雅彦の物語作成術「予定調和とドンデン返し」を応用したのさ!

 No response or Give a response.(京アニファンはマジレス禁止。でも、シャフト派はレスをいっぱい書こう。これを人は「ゲンロントウセイ」と言う)
 コノ書キ込ミハチョトダケフィクションデス。
 アフレコニ遊ビニ来テ、声ヲアテテ収録後ニ
 女性声優サンタチト、記念写真ヲ撮ッテイタ、
 漫画家ノ畑健二郎先生トソノアシスタントサント
 サ●デー編集者ノ方トハ、一切関係アリマセン。


[779] 無題 投稿者:伊藤 投稿日:2009/08/15(Sat) 19:15  

サマーウォーズイマイチだったぞ!!
浴びる様に飲んじまったじゃねーか!


[778] ゴトチヒ 投稿者:ゴールデンスランバー 前編  投稿日:2009/08/08(Sat) 09:42  

 「たらららった らー」(アニメ『絶先』サードのオープニングの声優の声のSE。また『絶先』ネタかよ!)
 まずは、前回の反省点から。
 「L字情報」じゃねえだろ。「L字画面情報」だろ。字義通りだと、情報がL字の形をしていると、思われるだろ。そんな情報があるか!
 「全てが名演という奇跡」の「奇跡」の部分を、「キセキ(ドラマ『ROOKIES』の主題歌)」にすればよかった。
 「うまいーー」じゃなくて、「うまいいいいいーーっ」だろ。ちゃんとコミックス持っているのだから、ちゃんと調べろよ(自分へのツッコミ)。
 それから、「ま!」だろ。「ま」だけじゃ、原作ファンから叱られるよ。
 「イーピー」でもない。「ED」だ。君に胸キュンだ(意味不明)。でも、カラダの一部が役に立たない(下品)。
 私は前とちっとも変わらない。ちゃんと人の名前覚えないで、「上遠野浩平」のことを、ナニを間違えたのか、「上遠野竜平」と書き込んだことがある(水無月あくあクンに指摘され、逆上して完ムシしたことは、今では懐かしい思い出)。昔から、ゆるくて、うかつな文章を書く人間なのだ。
 ま、いいのである。「おサヨク」のように、「小さいことにこだわるな! (数のこと)」だ。
 ワタクシはもともと、高田純次師匠のように、テキトーだ! イイカゲンとも言う。数値にすれば、テキトー度8に、イイカゲン度10くらいかな。
 (ここから、本題だよー)
 私は昔、書き込みをしていたときは、KYだった、話をした。
 KYという言葉が、まだ無かった頃の話だ。
 どのくらいKYだったかというと、昭和プロレスネタで申し訳ないが、広島平和記念公園でのプロレス興行で、メインマッチのフィニッシュホールドが「原爆固め」だったくらい、KYだった(このケンコバぐらいしか、喜ばないじゃないの?)。

 話は変わるが、そもそも、私は当時も今も、萌えがわからない(「惚れ」はわかるよ)。
 わからなくて、当然なのだ。精神的には、オタク第一世代にあたるから。
 私の生年はナインティーンエイティ、1980年だ(カッコつけるために英語で書いてみました。「英語知ってんだあ」……志ん生の落語を聞いたことがない人には、まったくわからないネタ)。
 生まれたタイミングは第二世代のしっぽと、第三世代の頭の間に位置すると、思う。
 で、唐沢岡田の『オタク論』を読んで、ガテンがいった。「萌えなんて、わかんねえよ」と、あの頃言っていれば、よかったのだ。第一世代のように。
 だが、これはミリタリーマニアの中に入って来て、「ティーガー戦車って何?」と、言うようなものだ。
 そのコミュニティでの、コモンセンスを知らないと、白い目で見られる。
 だから、私の書き込みは、「チラ裏」と思って、本気にとらないように。
 この書き込みを読む人は、シャレがわかる人間になってほしいナ。

 私が今もKYというところを、少しお見せしたい(見せなくてもいいだろ)。
 アニメ『ハルヒ』の「エンドレスエイト」にケチをつけたりする。
 そもそも、ガタニイでは、『東のエデン』の裏番だったのだ。『ハルヒ』の放送が。
 HD搭載のレコーダーぐらいあるだろ、と思われるかもしれないが、今も昔も私はビンボウ(ゲルピン)だ。これには、やや脚色もある。
 そんなことより、この時間帯は、ナイナイのラジオがある。
 ハッキリ、言わせてもらうが、『ハルヒ』よりもナイナイの「オーナイ」の方が面白い!
 オススメのコーナーは、「泣ける絵本」からスピンアウトした「オパブンミ一族」だ。
 大人気長寿コーナーである「悪い人の夢」をガマンして、『ハルヒ』を見ているのだ。
 ところが、三回ぐらいで終わると思っていた「エンドレスエイト」が、終わらない(この間、やっと終わったけど)。
 もう、みくるちゃんの「キョンくーん(泣き)」には、もう飽きた。
 水着や浴衣の柄が、微妙に違うとか、私にとっては、どうでもいい話だ(「アッシには、関係のねえ事です」。「ナイナイのオーナイ」ファン限定ギャグ)。
 だいたいねえ、『ハルヒ』なんて、キョンがみくるちゃんと付き合って、それがハルヒにバレて、世界崩壊さ。『アスラクライン』みたいに。
 未来のみくるサンの「私とは、あんまり仲良くしないでね」って、このフリのことだろ。
 んで、世界が何度も、崩壊していると、わかるだよ(「エンドレスワールド」)。
 それに気づいたので、夜中にSOS団のメンバーがハルヒ以外集まる。公園で。
 古泉(楽しそうに)「どうやら、キョンくんと朝比奈さんが付き合っていることに気づいた涼宮さんは、絶望して世界崩壊を起こしてしまうらしいですね。でも、もう一度イチからやり直してみたら、今度は結果は変わっているかもしれないと思い、世界をハジメから、やりなおしているんです。言わば、パンドラの箱の最後の希望というヤツですね」
 キョン「長門、今は何順目なんだ?」
 答えはわかるね。『アスラクライン』では、二順目だけど、
 有希「今回で、一万五千五百二十八順目よ」
 キョンは心の中で、「一万五千五百二十八順目? ということは、オレは朝比奈(もうサン付けじゃない関係)と一万五千五百二十八回も、アレをしたということか?」と思い、みくるちゃんを見る。その視線に気づいた、みくるちゃんは、顔を真っ赤にし、両手で顔を押さえて、「イヤイヤ」するように、左右に顔を振る。
 いったい、キョンとみくるちゃんは、二人で何をしたのか? それはもちろん「禁則事項」だから、言えない! (だって、放送禁止用語か「なにか」だもん)
 古泉「たぶん、このネタ、この夏のコミケ本から、ハルヒファンが百回ぐらい見ることになるネタですね」
 有希「違う。一万五千五百二十八回は見ることになるわ」
 (注・このネタは完成度が低い。ディテールに凝ろうと思えば、もっとできると思うけど、そこまで私は『ハルヒ』ファンじゃないから。ともかく、パロディ作家として、私の実力の無さをさらしてる)
 
 当時の私を知る人間は、「変わってないなあ」と、思ってくれるだろう。
 こちらも、ワザと、そう書いている。
 さて、なぜ、この書き込みの題が、「ゴールデンスランバー 前編」なのか、それは伊坂幸太郎(「直木賞なんてイラねえよ」と言った仙台一カッコいい小説家)の小説の題名や、元ネタのビートルズの「ゴールデンスランバー」を聞けば、なんとなくわかるかもしれない。
 私の真意は、いずれ書き込む「ゴールデンスランバー 後編」を読めば、あきらかになる(と思う)。いわゆる、ネタの仕込みって、やつだ。
 (うーん。大手塚の『メトロポリス』のオープニングみたいで、いいじゃないか)
 
 自分を棚上げしておいて、こう言うのもナンだが、
 No response (『ハルヒ』をクサしたことは、ツーチャンのスレにでも泣き言を書いて、ウサ晴らせ!)
 No reaction (『ハルヒ』をいじったぐらいで、反応すんな!) 
 事実誤認がもしあったら……ゴメン! (手元に資料がないので、有希の漢字が間違ってるかも。「浩平」を「竜平」と間違えるみたいに)


[777] 無題 投稿者:中華三昧 投稿日:2009/07/30(Thu) 14:01  

ちょっとパソパラ買って来るわ


[776] 動画サイトで不正なことをわかっていても観ろ 投稿者:ゴトチヒ 投稿日:2009/07/30(Thu) 09:28  

 久しぶりにパソパラに書き込み
 昔と同じにKYっぷりを見せ付けてやる
 一発目は軽くアニメのパナシ

 アニメ『懺・さよなら絶望先生』は、まだ三話しか見ていないけど、期待通りの出来だ。
 結論から言えば、アニメ『絶先』は、アニメ『うる星』の正統後継者だ。
 ロトさんこと、氷川竜介さん(アニメ批評において神様のような人)が、昔『アニメ夜話』の解説コーナー「アニメマエストロ」で、『うる星』はビデオに撮り、コマ送りのしがいのあるアニメと語っていた。
 それは、どういうことかというと、『うる星』はビデオでコマ送りして観ると、アニメスタッフが面白いことをしているのだ。
 というのと、同じように、『絶先』もコマ送りにしてみないと、わからないネタが多い。これは第二期の話だけど、「一見さんお断り」の回のL字型情報、「七夕の願い」の千里ちゃんの願い事というか人生設計は、コマ送りしないと、見れない。
 これねえ、スタッフがそれをわかってるんだ。
 『待つ女』のサブタイトルの前の文字情報(これもコマ送りをしないと見れない)に、『絶先』の見方として、
 「1回目、通シテ観ル」
 「2回目、一時停止シナガラ内容ヲ理解スル」
 「解ラナイ場合、前後ノ会話、役者、最近ノニュースで繋ゲテミル」
 「3回目、内容ヲ理解シタ上デ見直ス」
 「視聴用、保存用、携帯用トシテ、3本ノDVDヲ買ウ」
 と、タイプグラフィ的(ん? これ正しいのか? まあいいや)に書かれている。
 もう、昔、『うる星』をベータで撮っていたアニメファンがしていたことを、そっくりそのまま書いてあるんだ。
 ビデオを撮っているくせに、全話収録エルディBOXがリリースされると、千葉繁が言っていたように「ファンは観賞用、保存用、布教用に三つ買う」のと、オンナジ!
 これは、アニメファンは、二十年前から、進化していない(正確には「進歩していない」が適している)、
 という、
 こと、
 なのか?
 (福満しげゆきのマンガ風)
 エルディが、ブルーレイに代わっただけなのか?
 話が、なんだか、危ういところに行きそうなので、アニメの話に戻そう。
 『絶先』はアニメ批評アニメなんだよ。
 原作マンガ自体が、批評性に富んだマンガで、「ハーレムマンガは女の子たちのバトルロワイヤルがいずれ起こる」ということを再三に渡って描いている。
 そりゃ、そうなんだよ。
 日本は一夫一妻制なんだから、南アフリカの大統領みたいに奥さんが三人いるとかは、重婚でいけないことになっている(南アフリカはファーストレディが三人いる、とっても珍しい国)。
 そうなると、「願いを叶えてくれるカードを取り合う」みたいに、一人の男を取り合って、必然的にバトルロワイヤルが起こるのである。
 他のマンガでも、同じことが起きる。逆に起きないマンガは、あきらにおかしいと、思ったほうがいい。
 アニメの方も、批評性に富んでいる。
 確かに京アニに作ってもらったほうが、「ソワカちゃん」じゃねえや、初音ミクが振っている野菜に、「ま」を付けたマンガはダンゼンよかっただろう。
 フェンダーのレフティジャズベースが飛ぶように売れることが起きただろう。
 そんな、アニメ制作会社に、原作者はフリをしている。
 第百七十話の「三次のあと」の単行本の付け足しマンガは、あきらかにシャフトさんへのフリだろう。

 「うまいーー」

 シャフトさんが、「パティにおまかせ」を3・4分くらいで、ジョットコースターのようなアニメを作ってくれると、否が応にも期待してしまうというものだ。
 『グレン』のあの人が描いた「リリキュア」(キッチリの変身シーンを描いた)みたいに、ゲストアニメーターに、すごい人をブッキングしてほしい。
 話をこんがらがるが、「ドMミイラ」は、誰が思いついたんだ?
 金巻さんか、前田クンのトモダチ?
 そんなことより、『絶先』は豪華声優陣だ。
 藍ポンとか、井上さんとか、いろいろ、そのアイドル声優が出演しているけれど、私はそれらの知識がないし、ムリに語るとポルノ鈴木バリのセクハラテキストになってしまう恐れがあるので、男性声優だけに触れる(ボクはホモじゃないよ)。
 糸色望役が神谷浩史で、一旧さんは杉田智和だ。これで上田もいるから、おお、ハチクロトリオじゃないか。
 しかし、「上田」違いだ。
 森田センパイの声は、うえだゆうじであって、上田耀司ではない。
 これは、残念だ。
 (それにしても、声優界では上田は芸達者が多い。トミーじいさん役の上田トシヤはNHKスペシャルで外人の吹き替えをこなすわ、うえださんはキスケの声が出せるし、上田耀司の声色の多彩さは、「目を見張る」をもじった「耳を聞張る」と言いたくなるくらい、スゴイ。糸井重里なら、スッゴイ)
 そんな、上田耀司の嫁にしたい娘は、雑誌によると、大草麻菜実らしい。
 これを知って以来、私は『世界まる見え』や『忍マル乱太郎』を見る度に、「この声の人は人妻好きなんだよなあ。いや、それとも、ツギの入ったおパンツを生足から抜き取るのが…」とか、余計なことを考えてしまうようになってしまった(これを「声優イジリ」というのか?)。
 ここまで来たら、小林ゆうに触れないと、いけないだろう。
 まず、熱の入りすぎた演技で、やることなすこと、全てが名演という奇跡を我々に見せてくれる。
 とくに、外来語を妙な発音をするのは、口真似したくなる、のだ
 「イエースなのか、ノーなのか、はっきりしなさい」(文章じゃ伝わらないぞ)
 「ネス」
 と言った、糸色望にカフカちゃんが、
 「じゃあ、カッコイイものはなんですか?」
 「そうですね‥‥(なぜか二点リーダ)強いて言えば、ネガティヴですかね」
 「PKネガティヴ!」(テレゲMOTHERファン限定ギャグ)
 ……アレッ? 途中からネタになってしまった。
 まあいい。ともかく、友近がなだぎ武と一緒になって外人を演じるときの、違和感ありまくりの英語発音のように、クセになる発音だ。
 そんな小林ゆうは、画伯でもある。
 あの絵は、絵画的なジャンルは、アール・イマキュレ(穢れのない芸術)だろう。
 画伯のパンダを描いた絵を見たことがあるのだが、あれは『わくわく動物ランド』で、小林亜星が描いたパンダの絵以来の、衝撃があった。
 最高である。
 アウトサイダー・アートを目の前にした我々凡人が畏敬の念を抱くような絵だ。
 (劇団イヌカレーは趣味がいい。『まりほり』のイーピーにダーガーのイメージの影響が見られる)
 最後に、神谷さんの「第三期は残念なことになっている」という、雑誌での発言が気にかかる。
 それは神谷さんの杞憂であってほしい。

 追記 それにしても、千里ちゃんのお姉ちゃんが生きていて、ホントによかった。妹にジュース注射されて、生死不明のまま、何年かほったらかしにされて、最近ようやっと、マンガに出てきた。
 ああ、よかった。生きてたんだ。でも、絶望少女と同じくらい、個性的なんですね。
 それとたまには、クラスのみんながマリアに私服を買ってあげる話だとか、空気系ネタ(ぬるい話)とか、してもらいたいものだ。

 No response (返事なんてイラねえ)
 No reaction (反応したら、オマエ、キモオタ)
 炎上上等! going up in flames excellence




[775] 無題 投稿者:伊藤 投稿日:2009/07/21(Tue) 03:54  

もうパソパラという看板を下ろしていいんじゃないかと思う。
中身も、作っている人達も変わってしまった。
何より読んでいる人間の目が。
もう「パソコンパラダイス」だと思って買っている人なんていないだろう。
全然別のものだから。

看板が看板だから、やっぱりハードルは上がってしまうだろうし、
それでは作っている方々も大変で、読んでいる人達も煮え切らないものを感じてしまうだろう。
(何を今更という感じだし、会社としてはそのままの名前を使っていきたいだろうけど)

だけど、あぁ。
あれはあれで終わったんだ。
それでもういいじゃないか。

パソコンパラダイス。

なんか久しぶりに、ばにいはんたぁ零読みたくなったよ。
小説版の。


[774] 意味がないというより 投稿者:ぶぶ漬け三昧 投稿日:2009/07/14(Tue) 03:16  

>772
編集部入れ替えの際に、引継ぎできなかったんじゃない?
サンデー社は自サイトも持ってないし、更新がないってよりも
本体(旧編集社、編集部)が消えてただの残骸になってるってことなんだと思う。
もうサーバーとの契約が切れて削除になるのを待ってるだけ。

というか、でなきゃttp://www.atled.info/(パソパラ200号記念だかで付いてきたゲームのやつ)にパソパラネットへのリンクぐらい貼るだろ。

「パソパラのサイト」が復活するにせよ、ドメイン取り直しとかじゃね。


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